行き着く先はどこがいいか。
年がら年中繁忙期のような我が社で、今日も立派にお勤めしてきた。もちろん残業付きで。
藍色の暗い夜空の下、白い息を吐きながら足早に帰路に着く。今朝辛うじて見られたニュースでは、今夜は何とか流星群が数十年ぶりに観測できるらしい。天文学に少しも興味ない私は、星どころか月すら確認しないでひたすら足を動かした。おかげで駅に着くとちょうど電車がホームへ入ってきて、乗ることができた。
電車の中は人がまばらに座っていた。私も空いていた座席に腰を下ろした。肩の力が抜けて背もたれにベッタリともたれかかる。目の前には誰も座っていなくて、暗い窓ガラスに私の顔が映った。
目がいつもより窪んでいて、影をさしている。口角は下がり切っていて、頬と顎下の肉がダラリと垂れているように見えた。何だか朝よりも十歳は老けて見える。自分の顔はどんなだったろうか。少なくとも今朝慌ててファンデーションを塗りたくった時には、もうちょっとマシだったと自負している。
自分の顔をまじまじと見つめながら、この一ヶ月まともに休んでないことに気がついた。出勤すれば終電近くまで残業し、休みの日はトラブル発生のヘルプ電話が掛かってくる。仕事を忘れて休んだ日がなかったのだ。
それはくたびれると納得して、自分の顔から目を逸らした。疲れた時に疲れた顔を見るのは余計に疲れるからよくない。こんな疲れた顔を見なくていいように、いい加減休みたい。
常日頃から最寄駅に着くまでの間、電車の揺れに身を任せ、ウトウトしながら考えることが多かった。
休んだら何をしよう。せっかくだから出かけよう。近所だとつまらないから、どこか電車に乗って。でも日帰りがいい。癒されるようなコトとかモノとかがいい。温泉、映画、買い物、散歩……。どれもしっくりこない。
なんか、でも、仕事が忘れられるならなんでもいい気がする。
むしろこのまま電車に乗って行き着く場所はどうだろうか。終点駅のあたりは、山しかない。今日はあいにくのパンプスを履いているから山を登るのはキツイかもしれない。いや必ず山を登らなくてはいけないわけではないのだけれど。山しかないなら、それは登る以外に楽しい選択肢を私は見つけられない。
そもそも終点駅に山があるからといって、山に行き着くと決めつけるのはよくない。もしかしたら次の駅あたりから徐々に車体が浮き上がってきて夜空を走るかもしれない。そのうち何とか流星群と並走し始めて、車内から天体観測できるかもしれない。綺麗な星が眺められるなんて、ロマンチックで癒されるに決まっている。
でも反対に、いつの間にか知らないトンネルを抜けて、その先で怪しく古びた駅に辿り着くかもしれない。怖いもの見たさで降りたら最後、現実の世界に戻ってこられないという都市伝説のような駅。それはむしろ心が癒されるではなく、肝が冷やされるのでは。
次は、--駅。--駅です。
パッと顔を上げると、目の前を最寄駅名が流れていった。今日も迷いなく到着したことに、なぜか少しホッとしてしまった。心を癒すには、安心が一番かもしれない。
さて、またくだらないことを考えないうちに、さっさと帰って早く寝よう。
『列車に乗って』
2/29/2024, 12:50:53 PM