『時間よ止まれ』
学食のメニューに、パフェがあった。
何種類かあるが、そのうちひとつがチョコレートとコーヒーゼリーで築かれた砦のような様相のパフェだ。
名前が何だったのか、生憎ともう忘れた。
ただ、学食らしく安値で学生には人気だった。
新入生がどっとキャンパスになだれこむ四月。
サークル勧誘のリクルーターたちは初々しい後輩学生たちに声をかけ、学食のパフェをおごりながら口説き落とそうと弁舌をふるう、それは毎年の風景だった。そうやって(サークル入会が果たされたかは別として)学食パフェのファンは増えていったものだった。
その日私は、恐らくは沈痛な面持ちでそのパフェを食べていた。悲しい気持ちだった理由は明白。このパフェとの別れを惜しんでいたから。
卒業ではない。
そして中退などでもない。
別れの理由は、入学の際の私の想定もしていなかった変化がこの大学を(あるいは私の在籍する学部を)訪なっていたからだ。
キャンパス移動。
全学部がお引越しをするわけではない。一部の不運な学部だけだ。青天の霹靂であった。
いまのキャンパスは都会ではないが、大学がいくつも林立する都市にあって、学生には住みやすい街だ。バイトの求人も多い。移動に使う公共交通もまあまあ揃っている(バスの運転が荒いとか不親切とか不満はあったが、そもそも交通網が整備されていない地域と比較するなら軍配は明らかだ)。
何より、街に本屋が多い。
購入した本を隣接のカフェで読める、未明まで営業している、本屋だけで複数階を占めている、取扱い書籍がマニアックである、などなど、どの本屋も独特のカラーがあって、本屋巡りだけでも心が浮き立った。
移転先は緑豊かだといえば聞こえはいいが、自然しかない。何もない。これから学生向けの開発がされていくのかもしれない。しかしそんなに長く、私も学生でいつづける予定はもちろんないのだ。
バイトと交通網と本屋と、それらにお別れを云うつもりで、その日の私はパフェを攻略していた。
移転先キャンパスには、パフェもなさそうだった。
このまま時間が止まってしまえばいい。
そんな気持ちで黙々とパフェを崩していく。
時間は止まることなく、パフェは私の胃袋に陥ちていった。
2/16/2025, 11:38:19 AM