「1年半このアプリで投稿し続けてさ、ガチでいっぺん呟きのアンケートみたいに、皆どんなネタを好んで求めてるか聞いてみてぇとは思ったりしてるわ」
俺だけ、なのか、俺だけじゃない、なのかは、それこそ集計取れねぇから分からんけど。
某所在住物書きはカキリ小首を鳴らし、呟く。
なんとなく、ニーズを知りたいのだ。
「あとアレよ。『完全に書けねぇお題が来たとき、お題ガン無視でハナシ書いちまっても良いかな』とか。絶対俺だけじゃないよな。……だよな?」
ところで俺はエモ系ネタ不得意だけど、他の皆様は、どういうお題が苦手なんだろ。物書きはふと疑問に思ったが、知る方法も無く、結局深追いをやめた。
――――――
猛暑と熱帯夜ばかり続く都内某所の某支店、客がほぼ常連ばかりの過疎店であるところのそこ、昼。
菓子作りが趣味の付烏月、ツウキという男が、給湯室で休憩用のスイーツを準備している。
支店の従業員と支店長と、それから上客なマダム1名分。アイスクリームとソルベである。
ティーカップのソーサーを器代わりに、低糖質バニラアイスをひと盛り、ふた盛り。上にルビーレッドのクリアなシロップをかけ、ミントをひとつ。
アイスの周囲を一回転、エメラルドグリーンのシロップで色付け。口直しとしてバニラの隣にはレモンソルベが小さく添えられた。
ルビーとエメラルドは付烏月の友人からの提供物。
某マゼンタ色に白いロゴ文字のプチプライスショップで見つけたスイカアイスの素とメロンアイスの素を、それぞれ軽く煮詰めた。
店員の口車に乗せられて双方3本ずつ購入してしまったものの、使い道が思い浮かばず、菓子作りを趣味とする付烏月に1缶ずつ提供した次第。
詳しくは前回投稿分参照だが気にしてはいけない。
「お待たせしました。マダム」
アイスをトレーにのせ、給湯室を出た付烏月。
まず常連の女性が座るテーブルへ。
スマホのスピーカーからは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番、第1楽章が穏やかに。
「スイカを主題にしたバニラアイスと、口直しのレモンソルベです」
「頂くわ」
はやる気持ちを澄ました視線と声で隠す上客。
この状況の言い出しっぺである。
『せっかくアイス頂くなら、私、ちょっと体験してみたいアクティビティがあるんだけれど』
そのアクティビティとはつまり、いわゆる執事カフェであった。それっぽい雰囲気をやってみてほしいと。
仲の悪い彼女の友人が、先日彼女だけをこっそり除いて、その手のカフェの数軒に行ってきて、長々堂々、強火マウントよろしく自慢されたそうなのだ。
『私だけ放ったらかされたの』
その日この店で20万の契約を結ぶ予定のマダムは、口をとがらせ、軽くスネて見せた。
付烏月は「え?」であったが、
彼の3月からの同僚と今年度からの新卒者の目が、
それはそれは、もう、それは。
金剛石のように、キラリ、輝いたのであった。
『やってみてよ付烏月さん。減るもんじゃなし』
「お茶を用意してちょうだい。冷たいものを」
「大麦のアイスティーと、冷水で抽出したゆず入りのグリーンがございます。マダム」
「グリーンが良いわ。出してちょうだい」
「はいマダム。ただいま」
大麦のアイスティーって。大麦ティーって。
それただの麦茶だよ付烏月さん。
遠くからエモめの光景をパシャパシャ撮影している例の同僚は爆笑をこらえて吹き出し寸前。
良さげに綺麗に撮ってほしいと頼まれたのだ。
絵面が良いのだ。なによりマダムが美しく付烏月がそこそこサマになっているのだ。
弦楽器のクラシックが流れ、老淑女と若執事が語らう尊き構図で、つまり、付烏月は「麦茶ありますよ」と言ったのだ――それが同僚にツボったのである。
だが良い。すべてエモい。すべて尊い。
なお絵面と構図だけ。会話内容がギャグ。
「バニラが美味しいわ。どこのものかしら」
「コンビニエンスのブルーから取り寄せました」
「この懐かしい味のシロップは」
「マゼンタのプティ・プリィ・マガザンから」
「レモンソルベは何を使ったの?」
「はい、マダム。ポッカーを少々」
「トレビァンよ。下がってよろしい。ありがとう」
「光栄です。マダム」
ごめんなさいね、ごっこ遊びに付き合わせて。
至極幸福そうな老淑女は、最終的ににっこり笑って、少し詫びて一瞬目をつぶる。
マダムの次は支店側の従業員と支店長への給仕。
付烏月が振り返れば例の同僚が、「青いコンビニ」と「マゼンタのプチ・プライス・ショップ」と「レモン果汁少々」の言い方に敗北している。
抱えた腹は相当に痛そうに見えた。
最終的に気を良くした上客は、当初20万の予定であった契約を30万に増額してサインし、
付烏月は付烏月で、自分だけ、ピンポイントに自分の分だけ、昼休憩用のアイスを作り忘れましたとさ。
7/19/2024, 4:23:41 AM