梅雨も明け本格的に夏に入りそうになっている今日この頃。私は好きな人の背中を見ながら授業を受けています。
もちろん集中していないわけではない。だが、席替えで好きな人の後ろの席を引いてしまったからには見ないわけにはいかないだろう。
テニス部に入って焼けた肌、セットをしていない少し硬そうな髪、気怠げに頬杖をついているその姿。どこを撮っても絵画に出来そうだ。なんて思っていれば授業が終わってしまったではないか。
まったく板書が出来ていない。あぁ。消さないでくれ。
何も板書が出来ないままホームルームまでも終わってしまった。どうするべきか。
「板書出来てないの?」
何も書いていないノートともう消されてしまった黒板を目で往復しながらシャーペンを握っていると、私の大好きな声が降ってきた。
「あ、ぇ、うん!そ、そうなんだ!」
焦って言葉が喉につっかえるが、なんとか返事をする。まるで私のコミュニケーション能力が無いみたいだが決してそうではない。
「ノート貸そうか?一応全部書いてあるから。」
夏にサンタなんて来るのか、と感動してしまった。
私にあなたのノートを?なんという贅沢だろう。だがこの機会、二度とは訪れないだろう。
食わぬ膳はなんとやら、そうであるならば食っておこう。
「いいの!?ありがとう!」
全然良いよ、なんて笑いながら彼は私にノートを手渡した。ノートには筆圧が濃くてメリハリのついたキレイな字が映し出されている。そんな尊い字を眺めて感激していると、彼は部活に行こうとしていた。
「あ、これ部活終わったら返しに行くね!」
なんて焦って大声を出す。だって、持ち帰るなんてそんなことしてしまえば麗しいノートが汚れてしまう。それだけは許されない。
「分かった。俺部活終わるの1時間後だから、このキーホルダーが付いてるバックの上に置いといて。」
青空のように綺麗な色をした、テニスラケットのキーホルダーを指さしながらそう告げると、彼は行ってしまった。
彼がいた教室にはシーブリーズの透き通った匂いが残っていた。
彼のノートを自分のノートに写終えた時、もう40分も経っていた。なぜそんなに時間がかかるのかって?それは彼のノートを拝んでいた時間があったからだ。
まぁそんな事はどうでも良いとして、早くノートを届けに行こう。
グラウンドまで出て、言われた通り彼のバックの上にノートを置く。もちろんそのまま帰るわけもなく、私は練習中の彼をフェンス越しに見ていた。日に照らされかいた汗を体操服で拭う彼はとても綺麗で、私の目に焼きついた。
プレーが上手くいった時に見せる笑顔や、監督の話を真剣に聞く姿を見ていると、あっという間に部活終了時間になっていた。まずいと思い、その場から離れようとするも、彼が帰ろうとバックに手をかけた時、バッチリ私と目が合った。
「待っててくれたの?部活終わるまで。」
彼が眩しい笑みを溢しながら私に話しかける。あぁ、本当にあなたはズルいな。私はどうしようもなくあなたが好きで仕方がない。
「う、うん。直接、お礼言おうかなって思って。」
咄嗟に出た言い訳がこんなに可愛らしいものだとは思わなかった。でも半分は本当のことなので良いだろう?
「そっか、ありがと。そういえば家の方向同じだよね?一緒に帰ろうよ。」
神様、私は今日が命日なのでしょうか。いえ、きっとそうなのですね。
帰り道。彼はわざわざ自転車を押しながら私と帰ってくれている。それなのになぜか無言だ。
「あのさ。」
先に沈黙を破ったのは彼だった。
「ど、どうしたの?」
急に話しかけられたのでまた吃る。
「間違ってたらごめん、授業中に俺のこと見てる?」
衝撃的な問いに私は一瞬固まる。バレた?後ろの席なのに何故?
「なんか後ろからすげぇ視線感じるんだよ。」
素敵な笑みが今だけ私に恐怖を覚えさせた。でも、バレたなら変にはぐらかさない方がいいだろう。
「ご、ごめんなさい。な、なんとなく、見てたの。」
夏だというのに私は震えて冷や汗をかいていた。嫌われたらどうしよう。私の頭はその考えで埋まっていた。
「あー!いやいや!なんて言うかさ、もし、見てるなら嬉しいなって思って。」
だんだんと小さくなっていく彼の声に反比例して、彼の頬や耳は赤く染まった。そして私の頬や耳も彼と比例して赤くなった。
そこからはまた無言が続いたがお互いにいっぱいいっぱいで話せなかった。
熱中症の頭が夏の訪れとともに私達の春を告げたのが、なんとなく分かってしまった。
6/28/2025, 4:01:30 PM