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相合傘

 同僚たちが、そこそこ降られて帰ってきた。
 今は一年で一番いい季節のはずだが、我が国は「一日の中に四季がある」と云われている。つまり毎日晴れ、曇り、雨が降る。すぐに止むし面倒なので、余程のことがない限り傘の出番はない。
「そう言えばウキヨエの雨って直線でくっきり描いてあるけど、日本ってそんなに雨降んのか?」相棒が訊いてきた。
「暮らしたことはないから分からないけど…親が云うには、この時季は矢鱈に降るらしい。傘が無いと無理だって」

 自分の両親は傘のおかげで結婚した。土砂降りの日に傘を盗まれた母に、同じ研究室の後輩だった父が勇気を振り絞って傘を差し出したところ、「相合傘なら」と言われて駅まで五分だけ歩いた。やがて二人は結婚し、母がこちらの大学に招聘されて一緒に移住したという訳である。

「ま、アイアイガサって言葉には、恋人同士がすることみたいなニュアンスがあるらしいんだな」
「おかげでお前が生まれた訳か」
「そうそう」
 顔を上げた途端、上司と目が合った。帽子を被らない人なので、相棒というより「お付き」の新人君が濡れた髪を拭いてやっている。いつも通りネクタイなし、シャツは第二ボタンまで開いている。何と言うか、「すごく粗略に扱われた綺麗なお人形」といった雰囲気の人である。真顔で見られるとちょっと怖い。
 素材はいいのにここまで身なりがひどいのは、何か心身に問題を抱えているのでは、と割と心配している。

 翌日、上司の机には徹夜で書いたと思しき始末書があり、その上に傘が横たわっていた。外に出なかったので、傘の出番はなかった。
 その翌日はみんなで聞き込み。上司は手ぶらで出た。後に従う新人君が、無言で傘を持って行く。
「アイツは従者としてすごい優秀な気がする」
「わかる。この勢いで犯人をボコるのもやめさせてほしい」
 傘の出番はなかった。

 傘を運ぶ儀式だけが続き、大した雨が降らないまま一週間。
 今日は結構降っている。
 お出かけにあたり、上司は自ら傘を持って行った。興味深いので、入口が見える窓まで移動する。
「働けや」
「ちょっとだけ」
 少し経って、二人が、正確に言うとかなりデカい男と開いた傘が出てきた。上司は新人君の肩までしかないので、新人君が支える傘に埋もれている。
 デカいのと傘はそのまま動かない。
「予言するけど我等が上司、すげえ不機嫌で帰ってくると思う」
 おそらく「自分は風邪を引きませんから」とか言っているのだろう。いいから入ってやってくれ。
「勘弁して。あ、タクシー乗るわ…いいなあエラい人は」
「良くない。とりあえず報告書を仕上げよう」
「急にやる気出たな」
「危険を察知した」

 その後、傘が上司の机に置かれることはなくなった。
 新人君のロッカーに同じ傘が常備されていることに皆が気づくのは、しばらく後のことである。
 ちなみに、相合傘の二人はまだ目撃されていない。

6/20/2024, 12:25:49 PM