奈都

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お題「1000年先も」


時間が経過しても変わらないものなどない。
100年、1000年先も愛してるなんて言ったって、その数分後には別の誰かに愛を囁いているかもしれない。
未来の愛を語るなぞ、無責任以外の何物でもない。

だからオレは言わなかった。
ずっと一緒にいようと言われても、未来のことなんてわからないから答えられないと返した。
あなたと暮らす未来が見えないと言われても、それは未来の話なんだから見えるはずがないと返した。

そしていつからか、相手からはなんの連絡も来なくなった。

「だからフラれるんだよ、おまえは」

向かいの席に座った男が口をへの字に曲げて言った。
つられるようにオレも顔をしかめて言う。

「おまえは逆に誰にも責任を持ってないだろう」
「責任ってなんだよ? 相手はおまえのこと好きになってくれてたのに、それを無下にするのが責任だってか?」
「確定してないことを答えられるわけがない」
「相手は少しでも安心したいの、この人となら生きていけるかもって期待したいの」
「それを裏切る結果になるかもしれないだろう」
「そうならないように頑張ろうねって話なの!」

男は「めんどくせー男だなおまえは」と髪をかきむしる。
そのめんどくささがコミュニケーションというものではないのか。コミュニケーションを怠るとフラれると言っていたのはおまえではないか。
オレは不満に思いながらも、少し落ち込んでいた。

きっと男の言っていたコミュニケーションをオレはできていなかったのだろう。
男の言ったものとオレがそれだと思ったものが違っていたのだろう。

オレはため息をついて天を仰いだ。

「また……恋人を傷つけた……また失った……」
「おまえのせいでな。文句言われんの俺なんだぞわかってんのか」
「すまない」
「誠意のかけらも感じられない」
「彼女が文句を言いにきたら伝えてくれ。……すまなかったと」

再びため息をつくと、男は機嫌の悪そうだった顔を少しだけ緩めた。

「あの子に罪悪感があるならまあよしとするか」
「傷つけてしまったことは申し訳なく思っているが、オレは悪いことをしたとは思っていない」
「反省する気ゼロじゃん」
「当たり前だ、1秒後のことなんて見えないのだから保証なんてできるわけがない」
「おまえなぁ……」

男は注文のベルを押し、店員にコーヒーのお代わりを頼む。オレは紅茶を頼む。
静かな店内には、オレたちの声しか響かない。なんなら、店内にいるのはオレたちと店員くらいだ。
こんなガラガラなカフェでよかった。逆に安心して話せる。

男は届けられたコーヒーに砂糖を3つ入れて、スプーンでくるくると混ぜる。
コーヒーは好きだが甘いのしか飲めないという難儀な人だ。

「おまえさぁ……もしかしてデートの約束とかもしなかったのか? 未来のことはわからんって」
「いや、そういう約束はした。1ヶ月を超えるものはしない主義だ」
「どんな主義よ……旅行とかもおいそれとできないじゃん……」
「二人での旅行は社会人になってからだろう。今約束することはない」
「……まじかよ」

虫でも見るかのような顔をされて、少し不安になる。
恐る恐る尋ねてみた。

「おまえは……旅行したのか?」
「ついこの間、タキちゃんとね」
「……おまえ、何人目の恋人だ」
「4人目かな? みんな許してるよ、なんなら相手の子たちも恋人いるし」
「なんでそんな爛れた関係になるんだ……」
「俺の話なんかもーいいよ、それよりおまえのそれをどうにかしなきゃならん」
「それ?」
「『未来の約束をしない』こと」

オレは断ろうとしたが、男にそれを遮られる。

「俺も何度も言ってるよ、『永遠の愛を誓う』って。でもそんなの、ただの気休めでしかない」
「だから……」
「それでも相手は安心するんだよ。この人はそう言い切れるくらいに自分のことを愛してくれてるんだって。事実、今までの恋人全員それで落としてる」

それはそれで、彼女たちのガードの弱さが心配だが……。
言いたかったが、男は話を続けとしていたのでオレは黙っていた。

「俺が恋人と続いてて、おまえが恋人にフラれる。その違いは、嘘でもずっと愛し続けると言えるかどうかだろ」
「嘘では相手を傷つけるだけだ」


「それはおまえの技量の問題。俺は誰とも拗れてないよ」
「おまえのは彼女じゃなくてセフレとかそういうあれでは……」
「立派に彼女ですー」

とりあえず、と男はコーヒーに口をつけて俺を見る。

「タキちゃん、ユウちゃん、ショウコちゃん、ミチちゃん。次なる恋人候補はこの4人だ」
「また選ぶのか……?」
「こちとらおまえが好きになりそうな子選んでやってんだぞ、文句言うな」

テーブルにパラパラと写真が置かれる。
下に名前が書いてある。この子達から、『恋愛練習相手』を選ぶことになる。

昨今、コミュニケーションというものが敬遠されている世の中で、この男は『恋愛練習相手を貸します』というグレーゾーンな仕事をしている。
恋愛でのトラブルはとても多い。
普通に交際してるつもりがDVに発展したり、すぐに熱がさめてしまったり、ストーカーに成り果てたり。
そんな被害に遭わないために、そんな行為を行わないために、この男は自分の『恋人』と称した女の子たちを雇い、依頼人に貸し出す。
もちろんそれでお互いいいマッチングだったらそのまま男の恋人をやめることもできる。

そんな男に頼るしかなくなった自分は情けないが、ここで借りると、終わった後にこの男から何がいけなかったかのフィードバックがあるのだ。
そのフィードバックを受けて行動を変え、相手の心を傷つけないような恋愛をする。
憧れの人と、自信をもって恋仲になってやる。

そんな目標も知っているから、男は笑って、「シノちゃんはまだ全然遠くだな」なんて言う。

「着実に近づいてはいるだろう」
「まあ、初対面にお前がまず名乗れって言い出したことを考えると断然よくなってるよ」

あとはその頑固さだなぁ。
男は立ち上がる。写真をまとめてカバンに入れる。
一枚だけ、タキちゃんを残して。

「この子、性格の雰囲気はシノちゃんに近いと思うから。あとでついてもらえるように頼んどくよ」
「ありがとう」
「未来の話をされたら真っ先に否定するな、想像しろ。想像した結果を答えるだけでもだいぶ違うから」

じゃ、またな。
男は去っていった。伝票は置きっぱなしなので、オレの奢りになってしまった。
ため息をついてレジに向かうと、あれっという女性の声が聞こえた。
まるで音楽でも聞いているかのような美しい響きに、オレはガバッと顔を上げる。

「し、シノさん……」
「いまシフト入ったところだから気づかなかったよ、もう帰っちゃう? よかったら新しいメニュー試してみない? お金はとらないからさ」

シノさんはかわいい八重歯をみせて笑う。
ああ、シノさんは今日も美しい。
シノさんにだったら、オレも途方もない未来のことを話せるのだろうか。

考えているうちにシノさんはテキパキと準備を始めた。
オレはカウンターの前で、シノさんが働く姿を穏やかな気持ちで眺めていた。

ずっと、見ていたい。
もしかして今までの女の子たちも、そう思ってたから未来の話をしていたのだろうか。
ずっと、一緒にいられるように。

なら、オレはずっと彼女たちを裏切っている。
いつ好きじゃなくなるかわからない女性が、今はいるのだから。
永遠なぞ信用しないが、できることなら永遠を捧げたい相手がいるから。

オレは気づく。
相手がシノさんじゃないから言えないのではないか。
シノさんだったら、言えるのかもしれない。
あなたのそばにずっといさせてほしいって。

「はい、おまちどうさま」

思考を遮るようにテーブルに食事が置かれた。
ハンバーグだ。いつもよりボリュームがありそうだ。

「熱いうちに召し上がれ。話があるならその後聞くから」

優しいシノさんの言葉に頷いて食べ始める。
おいしいで埋め尽くされた脳内は、それまで考えてたことを全てどこかに追いやってしまった。



「今日も恋愛練習?」
「はい、なかなかうまくいかなくて……」
「そっかぁ。でも徐々に進んでるよ、前はこうやって会話さえできなかったんだから」

シノさんは楽しそうに笑う。
恥ずかしくなりながらもオレも笑う。

「いつだかにした約束、覚えてるよ」
「へ?」
「『恋愛うまくできるようになったら告白しにきます』」
「あはは……そのつもりではありますが、まだまだ先になると思います」

目を足下に向けて答えると、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
顔を上げるとシノさんはニカっと笑っている。少し頬が染まっているように見えるのは幻覚だろうか。

「そのキミの姿勢に惚れた、って言ったらどうする?」

試すような、誘うような、甘い声。シノさんってこんな声も出すんだ、と場違いなことを思った。

「練習してる間に誰かのものになっちゃうかもしれないからさ、あたしで練習してよ」
「今のところ相手に泣かせてしかいないんですが……」
「いいねえ気になるじゃん、手始めに明日デートしよう、決定」
「はい!?」
「じゃ、あたしバイト戻るから。バイバーイ」

シノさんはそのまま裏に引きこもってしまった。
お会計を済ませて店を出る。

シノさんと……デート……。
一回きりの思い出になるかもしれないからちゃんと、準備しとかなきゃな。
そう思いながらさっきまで話してた男に電話をかけ、練習は一旦中止にしてもらうことにした。

まずは目の前のデートに集中しなければ。
緊張と不安と喜びをミキサーでかけたような気持ちで、オレは帰路についたのであった。



おわり。

2/3/2023, 3:37:13 PM