泡沫

Open App

※今回は3作品掲載。

ーー

「あ、」
俺の目の前を歩いていた男がぴたりと足を止めた。
「どうしました?」

「そこのコンビニ寄っても?」
「ええ、構いませんよ」

この男が煙草なんて珍しい。煙草を吸ってるヤツなんて周りには多いが、彼がまさか吸うとは思わなかった。

俺はコンビニの前で待つことにした。
するとすぐ彼は戻ってきた。

「珍しいですね、煙草なんて。」
と言うと、びっくりしたように目を丸くした。彼はジャケットの中のポケットから、白い箱を取り出した。

「キャラメルを買いに行ったんです」
「え?キャラメル、ですか?」

予想外の言葉に聞き返すと、ええ、と頷く。

「実は、甘いものを定期的に摂取しないと最近だめなんですよ」
とさっそく箱を開封して銀紙に包まれたキャラメルを口に入れた。口の中に広がっているであろう彼の口が緩んで笑顔になった。
そんな彼に、少し呆気に取られる。

先ほどまで、ケンカを売られた相手をボコボコにしてきたというのに、子どもが買うようなお菓子を食べてにこにこしているなんて。

「あなたもお一つどうです?」
「・・・じゃあいただきます」

俺達はオフィスに入るまでキャラメルを食べながら街を歩いた。
口の中は甘いキャラメルで満たされていた。

『子供のように』



ーー

「この自分の手で、どこまでこの世界に迫れるか、試してみたい」

そう言ったあなたはどこか遠くに行ってしまったような気がした。



「今日もありがとうございました」
いつもお世話してくれてありがとう、と眉を下げた男は右腕を外した。
その右腕は、彼の元を離れてベッドの隣のテーブルに置かれる。

「義手にはなかなか慣れませんね」
右腕をそっと撫でて苦笑する彼の顔には、疲れたと書かれてあった。

「もう早く寝ましょう。明日も早いんですから」
と促すと、彼は静かに頷いた。

「おやすみなさい」
そう言って彼は俺のおでこにキスを落としてベッドに赴いた。

この人は、いつまで俺を右腕として置いてくれるのだろうか。
時々、俺が必要ない男のように感じる。
昔はそうであったからなのだろうか。

俺と出会って、あのとき俺をかばったことで右腕はなくなって、俺を「右腕」としてそばにおいて、俺に身の回りの世話をさせて。

俺ができることなんて本当はないのかもしれない。

俺の失態で、俺のせいで、できないことはないような完璧な人が、俺がいることで、どんどんできることができなくなってしまっているように思われた。

・・・彼はどこまで行けるのだろう。どんな高みまで行けるのだろう。
俺なんか、必要ないんじゃないか。まるで疫病神みたいな俺なんか。

「私は、あなたとだから、高みを目指せると思っているんですよ」

眠っていたはずの彼が、後ろを向きながらぽつりとこぼす。

「あなたは私の『右腕』ですから」

『高く高く』



ーー

時々する、あの目。
いつも俺を見る目とは違う目つきに心臓を見透かされたような心地がする。
そして、隣にいる男が何か得体の知れない物のような気がしている。

目の奥にはなにもない。
黒の空間が広がっている。
この男の蔑むような視線が好きだ。


『鋭い眼差し』

10/16/2023, 9:31:44 AM