わをん

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『遠い日の記憶』

義体技術が進んで人から寿命というものがなくなりつつあった頃はこの文明社会がいつまでも続くと誰もが思っていた。傲慢な考えを戒めるためか、それとも太陽のただの気まぐれか、大規模な磁気嵐が世界にそよいだだけでその文明はあっけなく滅びてしまった。
「あのときの磁気嵐は骨身に染みたね」
「またそんなホラ話ばっかり」
人に寿命が戻ってきてからもうかれこれ数百年。バイト仲間に昔話をしても面白いホラ話と思われるばかりで真に受けて信じる人には今のところ出会ったことがない。自分のように難を逃れた義体持ちたちは波風立てることなく混ざって暮らしている。
長く生きていると今の自分は果たしてまだ人なのだろうかと不安になる。義体になる前の記憶は電脳が不要と判断したためか思い出すことができない。義体となってからの記憶も最近はリソースが足りていないのかちょっとあやしい。
「なんか最近元気なくない?」
「……そうかな。いよいよ年かもねぇ」
そんな話をした次の日に非番のその子がバイト先にやってきて差し入れをくれた。
「栄養ドリンクじゃん。しかもお高いやつ」
「加齢に負けるなってね」
数百年とちょっと年の差のある若者の優しさにもう出ない涙が出そうになった。
「最近の若者はあったかいねぇ。おじさん泣きそうになったよ」
「いや全然泣いてないじゃん」
今度何か奢ると約束して若者が去ったときにはいつの間にか不安も去っていた。これが遠い日の記憶になるときもいつかは来るのだろう。けれど、なるべく忘れていたくないなと強く思った。

7/18/2024, 5:08:26 AM