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52.『水たまりに映る空』『さあ行こう』『夢見る少女のように』




 これは令和のお話です。

 あるところに須藤凛子という女性がおりました。
 彼女はゲーム大好きで、特に任天堂が出すゲームを愛していました。
 任天堂の出したゲームは古いハードも含めて全てコンプするほど熱心なゲーマーです。
 言葉を選ばないのであれば、彼女は重度の任天堂信者でした。
 
 そんな彼女です。
 今話題のSwitch2の抽選販売に申し込むのは当然の流れでした。
 当選発表まで眠れない夜が続く凛子でしたが、祈りが通じたのか晴れて当選のメールが来ます。

 受取日当日、休みを取って近所のコンビニでswitch2を受け取る凛子。
 天にも昇るような気持ちで我が家に向かいます。

 いい歳した大人がスキップする様子は、周囲の人々から注目されましたが、当の本人は気にしません。
 夢見る少女のように、鼻歌を歌いながら家路につきます

 凛子は幸福の絶頂にいました。
 手に持っているSwitch2を見ながら『何があってもこの手は離さない』と誓いました

 しかし、不幸というものは油断したときに襲い掛かって来るもの。
 足元の注意がお留守になっていた凛子は、ポイ捨てされた空き缶を踏み転んでしまいました。

「あっ」
 勢いよく滑ってしまった彼女は、思わずswitch2を手放してしまいます。
 そして放Switch2は、放物線を描きながら水たまりの中に落ちてしまいました

「ヤバい!
 遊ぶ前に水没で壊すなんて洒落にならない」
 凛子はすぐに拾い上げるため、慌てて水たまりに駆け寄ります。
 しかし不思議なことに、目に映るのは水たまりに映る空ばかり。
 switch2はどこにもありません。

 なにが起こったか分からず右往左往する凛子。
 その時不思議な事が起こりました。

「私は水たまりの女神です。
 お前はこの水たまりに物を落としましたね」

 なんという事でしょう。
 水たまりの中から女神が現れたのです。
 凛子がその神々しさに呆けていると、さらに女神が言葉を続けます。

「あなたが落としたのは、この金のswitchですか?
 それともこちらの銀のswitchですか?」
「いいえ、私が落としたのはマリカー同梱版のswitch2です」
 凛子が正直に答えると、女神は驚いたような顔をします。

「なんと正直なのでしょうか。
 この嘘と裏切りで満ちた現代社会において、アナタのような正直者がいるのはとても素晴らしい事です」
「光栄です」
「正直者のアナタには、贈り物を与えましょう。
 こちらの金のswitchと銀のswitchをどうぞ」
「ありがとうございます」

 凛子は女神から金と銀のSwitchを受け取ります。
 最新のSwitch2ではなく、旧型のSwitchでしたが、金と銀の価値は不変のもの。
 その妖しい輝きに、凛子の目は釘付けでした。
 その様子を見ていた女神は、満足そうに頷きます。

「アナタならば、きっと有効活用できるでしよう」
「はい、女神様の好意を無駄にはしません。」
「期待していますよ」
 そういうと女神はニコリと笑い、そのまま水たまりの中に消え――

「ちょっと待て」
 凛子は、女神の肩をがっしりと掴みます。
 肩を掴まれた女神は、先ほどより少しぎこちない笑みを浮かべて凛子を見ます。

「……なんでしょう?」
「『なんでしょう?』じゃない!
 他に渡すものがあるだろ?」
「いいえ、それで全部です。
 さすがに銅のswitchはありませんよ」
「そうじゃない!
 switch2を返せ!」
 凛子がそう言うと、女神はチッと舌打ちをした。

「舌打ち!?
 女神が舌打ちだって!?」
「仕方ないではありませんか!
 女神だってswitch2が欲しいのです」
「抽選落ちたんか!」
「ええ、落ちましたとも!
 いつも人々の幸福を願っていると言うのに酷いと思いませんか?」
「酷いのは貴様だ。
 switchを2台と、最新のswitch2が釣り合うと思ってんのか!」
「釣り合いますよ。
 そのSwitchを売れば、ざっと1000万!
 ブームが落ち着いた頃に、100台でも200台でも買えばよいのです」
「分かってねえな!
 発売日にプレイするっていう経験は金に換えられねえんだよ!
 とにかくSwitch2を返せ!」

 凛子はそう言うと、女神の隠し持っていたswitch2を奪い返します。

「金と銀のswitchはいらねえから、とっとと失せろ!」
「ええ、分かりましたよ!
 この欲深い人間め!
 呪われてしまえ」

 女神は捨てセリフを吐くと、水たまりの中に消えていきました。
 凛子はというと、水たまりにツバを吐きその場を去っていきます。
 これで、人間と女神のswitch2を巡る争いは終わったのでした。


 しかしその様子を見ていた男がいました。
 彼の名は悪朗。
 転売によって生計を立てている嫌われ者でした。

 今日は転売用のSwitch2を受け取った帰り道、凛子と女神のやりとりを目撃したのです。
 そして彼は思いました

「あいつはバカだ。
 金銀のswitchを渡せば大金持ちになれるのに」

 switch2はもともと転売用に買ったもの。
 彼はゲームには興味がありません。
 手っ取り早くお金を稼げるのなら、渡すことになってもSwitch2は惜しくはありません。
 そう考えるのは自然なことでした。

「転売してもたかだか10万そこらだが、女神に渡せば1000万。
 すぐに大金持ちだ」
 悪郎は、自らの輝かしい未来を想像し、思わず笑みがこぼれます。

「さあ行こう。
 これが俺の輝かしい未来への第一歩だ」
 悪朗は、まるで夢見る少女のように鼻歌を歌いながら、水たまりに近づきます。

「わあしまったあ」
 やや棒読みで転ぶフリをする悪郎。
 もちろんぬかりなく水たまりにswitchを放り込みます

 ドボンと音を立てて沈むswitch2。
 その様子を悪郎は目を輝かせながら見ていました。
 そして予想通り水たまりから女神が現れました。

「私は水たまりの女神です」
「よし来た!」
 悪朗は心の中でガッツポーズします。
 これで、自分は大金持ちだ。
 悪郎は計画の成就を確信します

 ところがです。
 どれだけ待っても、女神は何も言いません。
 不思議に思って女神を見れば、その手に持っているのは先ほど悪朗が落としたばかりのSwitch2。
 凛子の時は、最初から金銀のSwitchを持っていたのに、これはいったいどういう事か?
 悪朗は予想外の展開に、焦り始めました。

「あなたが落としたのは、このSwitch2ですね」
「あ、はい……」

 悪朗が答えると、突然涙を流す女神。
 さすがの悪朗も狼狽えます。

「あなたが、先ほどのやり取りを見ていたことには気づいていました。
 抽選に申し込むも、落選してしまった私を哀れんでくれたのですね」
「あー、そうです」

 別にそんな事全然思ってないけれど、女神の不興を買って没交渉にしたくない。
 そう思った悪朗は、適当に話を合わす事にしました。

「ですが!
 あなたのおかげで、私の手の中にSwitch2がある。
 感謝します!」
「それは良かった……
 では金銀のSwitchを……」
「さっそくSwitch2で遊んできます!
 あなたの人生に幸あれ!」
「待て、ちょっと待ってくれ!」

 帰ろうとする女神に、とっさに手を伸ばします。
 しかし手はむなしく空を切り、女神は水たまりの中に消えてしまいました。

 そして残されたのは、悪朗と水たまりだけ。
 Switch2は無くなってしまいました。

 悪朗のSwitch2は、転売目的とはいえお金を出して買ったもの。
 それを女神にタダでもタダで持っていかれてしまい、悪朗は丸々赤字になってしまいました。

 大富豪の未来から、また一つ遠のいてしまった悪朗……
 その現実を受け入れられず、悪朗はいつまでもその場に立ち尽くすのでした。


 これでこのお話は終わりです。
 さて、このお話の教訓は何でしょうか?


 『欲張りはすべてを失う』?
 『悪い事はするもんじゃない』?
 『人生、何事もほどほどが一番』?
 『転売は悪』?

 いいえ、違います。
 このお話の教訓は『飢えた獣の前にエサをぶら下げるな』。

 Switch2が欲しい人間の前に、Switch2を見せつければトラブルになるのは自然なこと。
 今回も、深く考えずに女神にSwitch2を差し出した悪朗が悪いのです。
 まさに自業自得と言えるでしょう。

 これを読んでいる皆さんも、目先の大金につられて、Switch2を見せびらかせてはいけません。
 悪朗のようにSwitch2を失うかもしれないのですから……

6/12/2025, 9:06:16 AM