【初恋の日】
初めての恋はシュワシュワと弾けてほんのりと甘い、ピーチソーダみたいな味がする。
「そうは言われても、ピーチソーダってそもそもあんまり馴染みがないんだけど」
「え、嘘?! それは絶対、人生損してるよ!」
首を捻った君の言葉に、私は思わず机を手のひらで叩いて力説した。なみなみと注がれたコーヒーの水面に、振動でぴちゃりと波が立つ。喫茶店だったら行儀が悪いと叱られただろうけれど、幸いなことに今日選ばれたのはファミレスだった。ざわざわと騒がしい店内では、多少私が大声を出したところで迷惑になることはない。
「だって売ってないでしょ、普通に。ほら、ここのメニュー見てみなって」
机の片隅に立てられたメニュー表のドリンクのページを、君はわざわざめくって見せてくれた。確かにない。ひどいなぁ、病みつきになるくらい美味しいのに。
「私は毎日でも味わえるから、君にも分けてあげられれば良いんだけど」
「いや、無理でしょ。君のそれは特異体質なんだから」
呆れたように笑う君の表情は、落ち着いついて柔らかい。少しだけ自分の鼓動が速くなったのがわかった。
――私の主食は『感情』だ。いま机の上に並んだケーキは嗜好品に過ぎなくて、感情を食べなければ餓死してしまう。食べる感情は他人のものでも自分のものでも良いのだけれど、最近はもっぱら自分の『初恋』を食べるのがお気に入りだった。
なんせ美味しいうえに栄養価も高い。しかも食べた感情は記憶から失われて『なかった』ことになるから、少し日が経ってまた新しい恋をすれば、それが次の『初恋』になるというわけだ。最強の永久機関、自給自足の極地というやつだろう。
「……なんかさぁ、君に悪意がないのはわかってるけど、君に恋をされる人は可哀想だね。勝手に恋されて、勝手に忘れ去られるんだから」
頬杖をついた君の瞳が、僅かばかり細められていた。笑っているのに笑っていない、そんな寂しげな表情だった。ずきりと心臓が締めつけられるように痛む。だけどそんな本音は隠しきって、私は朗らかに首肯してみせた。
「君がそう言うなら、そうなのかもね。私に恋をされる人はきっと、世界で一番可哀想だ」
いただきますと手を合わせて、パクリと感情を飲み込んだ。口の中でパチパチと炭酸が弾ける。ああ、今日は少しだけほろ苦い大人の甘さだ。
そうして私は今日も忘れ去る。君の優しい笑顔に鼓動が速くなった理由も、可哀想な君へと抱いた罪悪感も、何もかもを失くして、まっさらな感情で君へと屈託なく笑いかけるのだ。
毎日君に初めての恋をして、毎日それを食らって消費して。そうしてきっと明日もまた、私は君に初めての恋をする。
5/7/2023, 11:45:46 AM