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花の経緯(経緯) (テーマ:花束)





 男性は迷って、迷って、時間もないので、できる範囲で動こうと決断した。

 仕事と一緒だ。



 結婚相談所から紹介された人との初めてのデート。

 どんな服装で、何を持っていくべきか。

 食べ物屋は予約したが、それ以上のことは全くわからない。



 特に、何をしたらいいのかも分からない男性は、花屋へ行き、花束を注文した。







 観賞用の花は、花農家で作られる。

 それぞれの花を美しく育てるために、農家が精魂込めて世話をして、その中でも美しい花を花市場へ持って行く。



 花市場では、各農家が持ち寄った花を、魚市場のようにセリに掛けられている。

 花屋はそれを仕入れ、店先に並べる。



 花屋の花の需要は、一昔前と比べると減少している。

 現代日本では、プレゼントや娯楽が多様化することで、国内の広い分野で「需要」が減っているのだ。



 花屋は自分の店の特徴と売上を考え、必要数を仕入れる。

 書籍などと異なり、生物なのでおかしなものを仕入れて売れなかったら、そのままゴミにしかならないのだ。



 今回の注文は、よく知らない人との初めてのデートで渡す、小さな花束。

 あまり大げさなものにしたくないとのことで、予算も1,000円分とのことであった。



 花屋は店先の花のうち、フリージア、スプレー菊、アルストロメリアを束にして、更に引き立て役にユーカリを加え、1,000円分の花束を作った。

 花は花市場から仕入れたものだったが、ユーカリだけは花屋が自分で育てたものだ。



 フリージアの花言葉は「親愛の情」や「感謝」、スプレー菊は「清らかな愛」、アルストロメリアは「持続」。受け取る女性が仮に花言葉に詳しい人だったとしても、初めてのデートでは無難な選択に思えた。

 男性・女性に限らず、花に詳しい人は減っている。こうして花言葉に気を遣っても、わかってくれる人は稀だ。



 しかし、ここをおろそかにすると、せっかく花をプレゼントにしようと思ってくれたお客様の気持ちが、相手に伝わらない「可能性がある」。

プレゼントを上げる行為は、何にしても「あげる者の気持ち」が相手に伝わるかどうかは不確実で、「伝わってほしい」「気に入ってほしい」という祈りが伴う。その祈りが報われるよう選定し、素敵なプレゼントにするのは、プロとして当然のことだと、その花屋は思っていた。



 そもそも花のプレゼントというのは、直接的なブランド商品や服とは違う。生物で、持ち帰ると世話が必要になる。世話をしなければ花は枯れてしまい、ゴミにしかならない。

 そのためか、時代が進むにつれて売上が減ってしまっている。

 だからこそ、花屋は、うちに来た客、そして花を渡された人が、この花で幸せになってほしいと思って花を売っている。



 ただ、やったことは素早く計算して花束を作り、言葉に出したのは別のことだった。



「では、消費税込みで1,100円です。あと、よろしければ、店に届けて、帰り際に渡してはどうでしょうか。最初に渡すと荷物になってもいけませんし。」



 デートに慣れていない人は、これをやりがちなのだ。







「今日は、お時間をとっていただいてありがとうございます。」



 男性は頭を下げつつ、すでに一言目で後悔していた。



(まるで営業だ。)



だが、仕事だけして年を取ってしまったのだ。自分には結局仕事で培った能力しかなかった。

 しかし、そんなこちらを見て、笑顔で対応してくれたからだろうか。

 相手の女性は写真で見たより魅力的に見えた。



「その、ご趣味とか、聞いてもいいでしょうか。」

 男性は自分で言いながら、「なんて典型的なセリフだ」と自分でも思った。

 そして、漫画やドラマで見合いの際に緊張していた主人公たちが「ご趣味は」と言っていたのを「もっと気の利いたことを言えよ」と思っていたことを、内心で謝罪した。

(ごめん、君たちの気持ちを私はわかっていなかった。私ごときがそんなことを思うのは、おこがましかった。)



 人間、追い詰められると頭が真っ白になり、難しいことや機転の効いたことができなくなるのだ。



 正直、その後は、料理の味も、話の内容もほとんど覚えていない。







 女性は、結婚相談所で紹介された人との最初の食事から、遅くなりすぎない時間に帰ってきた。



 相手の男性はいい年齢であったが、おそらく女性と付き合ったことがないのだろう。そういう人は、結婚相談所からの紹介では珍しくない。

 緊張していることがありありと分かり、話も結構飛び飛びであったし、飛び込み営業をさせられていた提携先の新人社員を思わせる狼狽ぶりであった。



 だからといって、こちらも別に、そういう人を手玉にとれるほど経験があるわけでもない。

 むしろ、「私はあの人に居心地の良い時間を作ることができなかっただろう」と思い返し、「あー失敗したかな」と思っていた。



 別に、その後に何処かに行くこともない。

 初デートはそれで終わりだった。



 ただ、店を出るときに、花束をもらった。



 まだ親しいわけでもない男性から花束をもらうというのは、初めての経験だった。

 ただ、結婚相談所の紹介なのだ。親しくなろうとする関係の男女である。そういう人もいておかしくない。



 初めて合う時に渡す花束が「大きなバラの花束」とかではなかったことも、安心した。もしそうだったら受け取りを断っていただろう。



 次があるかは、分からない。



 2回目のデートをするのかどうかについては、女性側からも男性側からも相談所に伝えることになる。



 女性もどう答えるか、まだ決めていなかった。



 花束を見て、顔を近づけて匂いを嗅いでみる。だからどうということもない。

 しかし、悪い気分はしなかった。



 とりあえず、バケツに水を入れて、花束の花を移してみる。

(後で食器棚から、花瓶になりそうなものを見繕ってみよう。)



 女性の部屋は一人暮らしで、可愛いものがあるわけでもない。華やかさとは縁がなかったが、視界に生花があるのは、悪くない気分だった。



(まあ、今回は緊張して性格なんかもわからなかったけど、危なそうな人ではなさそうだったかな。2時間程度の夕食を一緒しただけだし、もう一回会ってみるだけ会ってみてもいいか。)



 花束は、その役目を少しだけ果たしたのかもしれない。

2/10/2024, 8:32:27 AM