たった1つの希望
自分は強い人間だと思う。
どんなに絶望的な状況でも弱音を吐くこともなく生きてきた。他人が経験しなくてもいいようなことを背負わされても負けてたまるか、と生きてきた。
だからこそ初めての温かさがどれほど熱いものなのか分からなかったのだ。
出会いは雨の日だった。
「私家近いので、もしよかったら使いますか?」と見ず知らずの私に傘を差し出した。少し警戒しながらも受け取った傘は自分の傘より軽くて驚いた。
そしてシャンとした姿勢を曲げることなく走っていった。
彼女の傘に落ちる雨はとても楽しげで軽やかな音がした。
初めて誰かに守られた気がした。これまで降りかかる雨もそのままに、空に背を向けて自分の進む足だけ見て走ってきたのだ。
しかしあまりにも頼りなく楽しそうな傘は私を守るのに十分で、初めて私は雨空を見上げた。
傘を返すのが惜しいくらいだった。
守りたいと思ったのだ。
あまりにも軽い傘は彼女がか弱い存在であるということを意味しているようで自然とそう思ったのだ。
また雨の日だった。
傘は返しそびれて1ヶ月経っていた。自分の重たく長い傘の下から彼女の姿を見つけた。
今度は守る側になれる、と嬉しくなったのも束の間、彼女は悠然と雨の中を歩き出した。
まるで晴れ空を見ているかのように眩しそうに空を見上げて、あの時と同じようにシャンと背筋を伸ばして悠然と歩いていた。
気高く凛とした後ろ姿は優美なラインをあらわにし、柔らかさまで醸し出していた。
その途端話しかける勇気を失った。
心に感じていた温かさが急に熱くなって苦しくなった。それは高揚感などではない。
敗北感だ。
生き物して、人として、自分などが守れるような存在ではない。
彼女の傘がなぜ軽いのか分かった気がした。
3/2/2026, 12:14:15 PM