匿名様

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影を踏んで、草花をちぎって、雲に形を見出して。
全ては途方もなく広くて、きらきらと色を教えてくれた。知り得た何もかもが不思議で、理解したことが自慢で愉快だった。

全てが “そういうもの” なのだと目に馴染んだ今、振り返ることしかできないそれらの思い出は多少なりとも都合よく脚色されているのだろう。それでも、妥協と暗黙を身につけて社会を歩かざるを得ないこの現状からしたら、その時代には確かに戻りたいと願うだけの価値があるのだ。
時間は不可逆である。世の理で、常識で、納得しきれないもやもやをいくら抱えようとも、自分では覆すことなど出来ない。だから理解したふりをして、そのもやもやをどこかちょうどいい所に収めておくしかなかった。

冷えた夜風に息を吐く。
こうして窓を開け、暗闇に浮く月と星を見て。いつか金色の粉を振り撒く妖精が偶然にも目に映ることをどこかで期待している。逃げた影を追う純粋で気ままな少年に手を引かれることを夢見ている。
自分は周囲が思うより大人になりきれていないのだ。正しく大人に成長する道のりも知らずに、時間に流されるままで外側だけ立派になってしまった。教えの乞い方も知らなかった。

他の皆はどうなのだろう。皆自分と同じように、大人になりきれない自身と片手を繋いで生きているのだろうか。もしかしたら本当の “大人” なんてどこを探してもいないのかもしれない。
そんなことを考えれば馬鹿らしくなって、塩気がしみた考えは次第に環境音に溶けて消える。

ああ、でも。やっぱり純粋に大人に憧れたあの頃が恋しい。
彩られた記憶より少し褪せた世界を眺め、もう届かないネバーランドを夢想した。


【子供のままで】

5/12/2023, 3:59:44 PM