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【終点】

驚くほど静かに車両が滑って進む。
僅かな引っ掛かりに当たったときの振動なんて無い。
この氷の上を進む様な感覚は、窓の外を見れば直ぐに理由が解るだろう。

海。
夜空に溶けていきそうなほど、暗く、儚く、繊細な色をした海。

まず初めに見た時、美しいと思った。
それからじわじわと怖いという感覚が胸の内を焼いた。
でもそれは心地悪いものではなく、癖になるような優しい痛みを発した。

線路の上なんて、この電車は通っていない。
俺がの手が透けているのも、足元からどんどんと消えていっているのも、

まあ、知らないということにしておこう。

頭にビルの屋上から一歩踏み出す景色がチラつくが、その後の景色は見たくなかったため脳をシャットアウトさせた。

夜空のちらちらと輝く星と、控えめに佇む月が海に反射する。
反射した光は、海をほんのりとした灯りで包む。
この光景は、いつまでも見続けられそうなほど綺麗だった。

足元から消えていっていたのが、今は胴まで侵食している。
腰が消えたのに、何で座席に座れているかはよく分からない。
ま、当然というか何というか、歩けはしなかった。
上半身だけで這いずり回るでもなく、その空間に固定されたようにピタッと止まって動くことができない。
どうせ消えるなら海に飛び込んでみたいと思っていたのに。残念だ。


頭まで消えてきて、目の部分が少し残っている。
口が消えたら喋れないのだろうかと少し試したが、喋れ無かった。
後は消えるのを待つだけだ。
怖くはない。あまり覚えていないが、俺は多分自分から死を選んだ。
死ぬ時どんな気持ちだったのか、何故死のうと思ったのか。
それは何も覚えていない。

今は、死んで良かったかな。ということは少し思っている。
ここが黄泉なのか何なのかは知らないが、こんなに綺麗なものが見れたのだから。



名前:〇〇 〇〇
年齢:26
死人番号:53-280896324
死因:自殺(転落死)

53-280896324の切符は無事に海に還すことができました。
ご冥福をお祈りします。

8/10/2023, 11:33:47 PM