池上さゆり

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 それは幸せそうな一文から始まっていた。
「元気にしていますか。十年前の私がどれだけ不幸の最中に陥っていたのか、今思い出すだけでも辛くなります。それでも、十年後のあなたは幸せになっていると伝えたい」
 信じられなかった。家のポストの中に入っていた十年後の私から届いた手紙が本物だとは受け入れられなかった。だが、そこには誰にも話していない苦しみが書かれていた。義父からの性虐待。情緒不安定な母のパニック。バイト先でのパワハラ。学校でのいじめ。どこに行っても地獄だってことをこの手紙を書いた人は知っている。
「高校卒業後、社会人として働き始めたあなたは仕事で大きな成果を上げます。本社への転勤が決まって、確かなキャリアを若きながらも築き上げていきます。あんまり話すと未来が変わっちゃったりするかな」
 とても、自分にそんな力があるとは思えなかった。どんな会社で働くのか、どんな仕事をするのか。そこまでは書いてなかった。
「そして、好きな人と結ばれて幸せな結婚生活を送ります。きっと十年前の私からは想像のつかない生活をしています。まだ私も三十路手前で人生もこれからだというときですが、それでもあの苦しさが嘘だったかのように思える日がやってきます。自暴自棄にならないで、今を必死に生きていれば、いつか報われる日が来るから。十年後の私より」
 本当だろうか。本当に、こんな未来が待っているのだろうか。そこに書かれた便箋一枚の明るい未来に私は縋りたくなった。こんな未来を手に入れるために私はどんな行動を取ったのだろう。
 突然、一階から母の泣き叫ぶ声がした。そうだ。私の人生を一番狂わせてきた足枷は母だ。死んでしまえばいい。手に取った包丁で私はリビングに静かに向かった。まずは、この人を消して私は自由になる一歩を踏み出そうか。

2/15/2024, 11:50:12 AM