猫背の犬

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ひとつだけ聞いて欲しいことがあると切り出したあの人。それは、永遠の眠りを共にという誘いだった。その誘いは上辺であり、僕を唆すための戯言であることをうっすら察しながらも、無垢な僕を演じ続ける。口車に乗せれたと思ったのか、意気揚々としているあの人を痛々しく思う。僕はもう子供じゃなくなってしまったみたい。あの人の汚い部分を汚いものとして受け入れてしまっているから。あの人は僕だけを殺して、昔の恋人と再び暮らすのだろう。勝手にすればいい。あの人が誰かの元へ還っていくように、僕も僕が在るべき場所へと向かうから。最も、あの人は欲張りだから僕の自由を許せないだろうけど。それでも、ふたつ手に入れることができないことを心得ているはずだ。だから、ひとつだけ。そうやって生まれた分岐の二択で、僕の時間だけを止めることを選ぶのはとても強欲であり、傲慢だ。それならいっそ甘い言葉などは浴びせず、無惨に殺してくれて構わないのに。僕は、あの人を赦したくない。憎みながら死んでいきたい。息の根が止まる寸前まで憎むことで煮詰まった思念を遺して、いつまでも苛んでやりたい。楽になんてしてやらない。あの人だって覚悟はできているはずだ。少なくとも僕はできている。甘い言葉に酔わなくても、痛みや苦しみに耐えることは容易い。だって、このコーヒーは眠剤入りだもの。嚥下して間も無く意識が落ちる。そして、灯油で弧を描いてマッチを灯せば、すべてが終わって永遠になる。

「いいですよ、僕もそれを伝えようとしていました」
「……え、本当かい? ああ、よかった。断られたらどうしようかと思って気が触れそうだったんだよ」
全くおかしなこと言う人だ。元々気なんて触れているだろう。今だってそうだ。まともじゃない。
「断るなんてことしないですよ。さあ、あなたの好きなようにしてください。ちゃんと従いますから」
「ありがとう。目が覚めたとき、今度こそお互いのたったひとつになれることを祈って——」

嘘つき。
たぶん、この言葉は届いていない。
このまま永遠が始まると思うとやりきれないけど、仕方がない。今更、もう。

4/3/2024, 2:39:14 PM