夏の太陽は輪郭と色を明確にする。
そのあまりにも強い日差しを受けて、目と肌がジリジリと焼かれた。
日曜日のカフェは騒然としている。
屋外での明暗の差についていけず、視界がチカチカと点滅した。
目が慣れないまま、適当にアイスコーヒーを注文して彼女を探す。
空港から少し離れている駅。
たったそれだけの理由で待ち合わせ場所として指定された。
ブラウンを基調にした開放的で広々とした落ち着きのある内装とは裏腹に、慌ただしく人が流動している。
外で照りつける強い日差しはブラインドで穏やかに遮られた。
それでも店内はまろやかな光に包まれており、いたるところに飾られている大小の観葉植物の緑をくっきりと縁取っている。
どの店でも彼女は出入り口から一番遠い壁際の席を選んでいた。
サングラスで顔を隠したまま、彼女はストローでグラスの中の氷を突く。
エアコンの涼風で揺れる彼女の柔らかな横髪は、日差しの余熱を受けて輪郭を強くとらえた。
「めずらしい。ジャスミンですか?」
「……」
驚かせないようにそっと声をかける。
目の前のイスに座れば、彼女は俺を一瞥したあとサングラスを外した。
「……キラキラしててきれいだなって」
カラン、とグラスの中で氷のバランスが崩れた。
淡い黄金色のジャスミンティーが氷とともに透明に揺蕩う。
結露を浮かせた狭いグラスの中で緩慢に円を描いたストローは、まるでタクトのようだった。
店内はざわついているのに、その控えめな音は俺の耳に心地よく響く。
だからこそ、先ほどの不自然な間が気になった。
「……なんです? 今の間は」
「別に。いつもと匂いが違ったから、ちょっと混乱しただけ」
「匂い? あぁ。少し前にコロンを新調したんです」
まだ残っているのかはわからないが、彼女の鼻先に手首を近づけた。
「……っ」
「苦手でした?」
歯切れの悪い彼女の反応に腕を引っ込めた。
クセのないグリーン系の香りを選んだし、量も控えめにしたのだが彼女にはキツかったかもしれない。
「香りは……平気。好き……」
思いがけない彼女からの告白に、一生このコロンを使い続けると決めた。
夢見心地で彼女からの「好き♡」を反芻する。
「ただ、手が……」
「え、手?」
遠慮がちにポツリと形のいい桜色の唇が動いた。
「手がおっきくてビックリしたっていうか、ドキドキしたっていうか……」
くるくると、彼女が回すストローの速度が速くなった。
「早く、その手に触れられたいなって……」
「……は?」
急になにを言われた?
こんな往来のあるところでお誘い……は、いくら久しぶりの逢瀬とはいえあり得ないだろう。
彼女の言葉の真意を探っていたとき、その本人が急にキャンキャン吠え始める。
「え? …………は!? はあっ!?」
自分の発言と俺の反応を照らし合わせて、彼女自身が大胆な発言をしたことを自覚した。
とてつもなくデカい爆弾を落とされたのは俺のはずなのに、なぜか彼女のほうが顔を真っ赤にして慌てている。
「ち、違っ!? へ、変な意味じゃなくてえっ!?」
あまりにもわかりやすく自滅する彼女がかわいくて、つい声を弾ませてからかってしまった。
「そんなに早く俺を感じたいんですか?」
「だからっ、そうじゃなくてっ!?」
「そうじゃなくて? なんですか?」
「なにって、だから、…………本当に、違くて、ヤダ。こんなこと言うつもり……」
一生懸命に的を得ない言いわけを重ねても逆効果だとようやく察したのか、彼女は諦めてジャスミンティーを口に含む。
今日みたいに大きな荷物を引き取るとき。
手を繋ぐとき。
室内へ促し背中を押すとき。
すぐに離れてしまう彼女に俺の存在を覚えてほしくて、彼女といるときはできるだけ多くスキンシップを取っていた。
奥ゆかしい彼女に合わせて外での過度な触れ合いは控えている。
だからこそ、こんなかたちで彼女から求めてくれる日が来るとは思ってもみなかった。
カコン、と小さくなった氷が空になったグラスとぶつかる。
彼女のストローのタクトが止まったとき、俺も一気にアイスコーヒーを飲み干した。
「そろそろ行きましょうか」
わざとらしく差し出す俺の手を見て、彼女は頬を膨らませて不貞腐れてしまった。
外に出ればすぐ、手を繋いだ俺たちの体温は汗とともに混ざり合う。
この汗のように早く、彼女との輪郭を曖昧にしてしまいたい。
夏の暑さにあてられて、煩悩まで掻き立てられてしまうのだった。
『夏』
7/14/2025, 11:48:42 PM