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「降り止まない雨」

ああ、やはり。
天気予報では明日も一日雨。どうか朝には止んでくれと祈るように眠りについたのだが、その願いが聞き入れられることはなかった。昨晩しとしとと降っていた雨はざあざあとなり、降り止む気配はない。

今日のために新調したワンピースはやめておこう。柔らかなギャザーがふわりと体を包むこの赤いワンピースを見せたかった。いや、赤いワンピースに包まれた自分を見てほしかった。風に揺れる裾から白いふくらはぎがのぞく。きっと彼に気に入ってもらえると思ったのに。

昨日のうちに考えておけばよかったなあ。雪の時のために長靴はあるけれど、それで映画館に行くのは嫌だな。撥水加工の白いスニーカーがあったから、それにしよう。タイトなデニムのスカートに白いTシャツ、フードの付いたパステルグリーンのナイロンのパーカー。これなら少しくらい濡れても平気。映画館が寒いといけないから薄手のひざ掛けにもなるストールをバッグに入れた。

もう付き合い初めて半年過ぎたのに彼との距離は縮まない。会社でそんな態度を取るのはわかる。まだ他の人には内緒だ。でも二人きりのときは手をつないだり、キスもあってもいいんじゃない?そう思うのは私だけ?

彼が慎み深い人だというのは一緒に仕事をしているからよくわかる。控えめに周りをサポートし、主張することもない。自分の手柄をもっと主張してもいいのにと歯がゆいが、そこにこそ惹かれたのだ。

きっと自分を抑えることが多い人生だったのかなと思う。諦めたような、自分には大して関心がないという態度で、プライベートでは社内の誰も親しい人がいない。

だから初めて心が通じたときはうれしかった。「付き合ってください」と私から言って、困ったように眉を寄せる彼に「ね、いいでしょ?」と無理矢理うなづかせて始まった恋だけど。好きなのは私だけなのかな?

映画を観て、食事をして、楽しい会話を交わして、「もう遅いから帰ろうか」と彼が言う。また今日もこれで終わり。そう思ったら無性に悲しくなって、こんなにつらいならもうやめようかと思って、そしたらもっとつらくなって、涙がこぼれた。そんなの無理だよ。好きという気持ちは涙になって溢れてくる。ああ、もういい加減にして。ごまかすために傘をたたんで雨の中を走り出す。

もう諦めよう。だって彼は私を何とも思っていない。涙は雨が流してくれる。走りながら思いっきり泣いた。角にあった小さな公園まで行って止まった。彼は追ってこない。こんな街中で誰が乗るのかわからないブランコが雨に濡れている。ここまで濡れたんだからもういいやと濡れたブランコを揺らす。なんだか重い。

ゆらゆらと重いブランコをこいだ。白いスニーカーにあたった水がするんと流れていくのを見ていた。私の気持ちも彼には届かないままどこかに流れていく。もうどうすることもできない。

不意にスニーカーに雨がかからなくなったのに気づく。見上げると彼が立っていた。困ったように眉を寄せている。この顔を知っている。でももう、無理にうなずかせたりしない。もうわかったからいい。好きなのは私だけ。

無言で立ち上がって彼の傘から出る。ブランコの柵に立てかけた自分の傘を取り立ち去ろうとした。歩き出した背中に彼の声が響く。
「教えてほしい。どうしていいかわからないんだ。泣かせたくなんてないのに。どうしたら笑ってくれるの?」

「そんなの簡単なことだよ」
彼の傘に入って口づけをする。
「私のこと好き?」
「好きだよ」
彼の手を離れた傘が逆さまになって雨に濡れている。降り止まない雨が二人の距離をゼロにする。

5/26/2024, 2:33:45 AM