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何気ないふりのように踊りたい。
実は踊りが好きだ。断っておくがプロではない。
そして上手くない。センスとか、ない。

スーパーの中で延々とかかっているあの軽快な謎のメロディ、伝わるだろうか。J-POPのアレンジだったり、オリジナルの販促ソングだったりバリエーションは豊富だが聴くと確実にここがスーパーマーケットだとわかるもの。私はあれを聴くとつい、爪先でリズムを刻んでしまう。昔はバレエのおけいこが終わって迎えに来た母親と、そのままスーパーに行くのがルーティーン。館内のBGMに合わせてその日の振りをさらいながら親の後をついていく幼い私を思い出す。大人になって普段は自分の買い物に手一杯の日々を過ごしているのだが、先日たまたま、人の付き添いという形でディスカウントスーパーに入った。安いお茶のパックを探す相手を尻目に買い物かごもメモもない、必要なものもない身軽な私。頭の中をからっぽにして、スーパーの売場が作る道順に沿って素直に歩く。店内奥の生鮮食品売場にたどり着くと、冷気の漂う空間に流れるのはあの独特なキーボードっぽい音。最近は買い物の思考にかき消されていたのか、めっきり意識してなかったそのBGMに思わず懐かしさを感じた。するとどうだろう、私の足はあの頃のようにステップを刻み出してしまったのだ。バレエ特有の爪先をぴんと伸ばした形で床をトントンと叩き、そのまま足元で小さな弧を描くように動かす。軽快な4拍子に合わせて身体も揺れる。極めて小規模な動きであったが、私は完全にその場で踊ってしまっていた。
はじめの爪先は、無意識の行動。そこからの足先はもう、私の意思の外側にあった。これでも一端の成人女性であるので普段は常識の力を使って押さえつけていたのだが、その日その時は究極的に何も考えていない状態にあったため解放されてしまったのだ。これをきっかけに私は認めた。自分が、音楽を聴くと踊り出してしまう種類の人間であることを。

リズムに乗ったり、ステップを刻むことは私にとって何気ないことなのだ。幼い頃からアンパンマン体操に親しみ、NHK教育の提案する様々な幼児体操を完璧に覚え、地域の盆踊りが人手不足で無くなった時には悲しみのあまり親の膝で号泣する子どもだった。残念ながら従来の運動神経の無さを発揮して、習い事としての踊りはどれも中途半端に終わってしまったがそれでも私は踊りが好きで仕方がない。帰りの坂道でツーステップくらい、本音では気軽にやらせてほしいのだ。例えその様子がどんなに不格好でも…。振り付けを考えるのも好きだし、振り付けを覚えるのも未だに得意だ。ラジオ体操は大人が合法的にリズムに乗れるので大好きだ。
身振り手振り、何気ないふり。
何気ないふりの中に、信号待ちのピルエットを含んでくれないだろうか。
周りの人も是非、何気ないふりを装って、一回転もできない私の側から避けてくれ。

3/30/2024, 2:47:39 PM