「予感」
――序章――
私は小さい時から「見える子」だった。
「見える」といっても幽霊の話ではない。
――私は、人の「死の運命」が見えるチカラを持った子供だった。
その人が亡くなることが決まった一ヶ月前から、私の目にはその人が「いつ、どこで、どんな風に亡くなるか」が見えるようになる。
大きくなっても、相変わらず私の目には人の「運命」が見えていた。
しかし、私がそれをおかしなことだと気が付いて隠すようになったのは中学を卒業するかという時期になってからで。
その頃には、私のチカラはすでに噂程度ではあるが、かなり広まってしまっていた。
……結果、どのクラスにも一人は居る「不思議ちゃん」として、独りぼっちの高校生活を送ることになってしまった人間。
それが私、神代サヨリという女だった。
――第一話――
そんな毎日にもそろそろ慣れた、二年生になったある日の事。
「アンタが噂の神代サヨリ? ちょーっと聞きたいことあるんだけどさっ。……今、暇してたりする?」
突然、まっしぐらに早足で私の座る机の前に来て、一気にまくし立てた彼女の名前は羽根崎ミカ。
私に出来た、初めてにして唯一の友達だった。
その日から私たちは仲良くなり、よく街へと遊びに行くようになった。
ミカは底抜けに明るくて、身長も高くて、私とは何もかもが正反対だった。
まるで光と影。でも、不思議とどんどん仲良くなっていった。
カラオケやら、映画館やら……独りぼっちでいた頃の私だったら、多分生まれ変わっても入ることはないであろう。
そんな場所を沢山教えてもらいながら、ミカと私はかけがえのない日々を過ごしていた。
――そんな幸せのなかで、私はある日、ミカの「運命」を見てしまった。
――第二話――
休日。私たちは、いつものように街を出歩いていた。
優しい春風がときおり髪をなでるように吹き抜け、ミカの弾む声が耳に心地よく、自然に笑顔になる。
買ったソフトクリームを片手に、談笑しながら賑わう街を歩く。
そんな何でもなくて幸せな日曜日を私たちは過ごしていた。
「サヨリっちさぁ、 今日は何かこう良いことありそー、 みたいな予感とかないの?」
どうもミカは、私の「チカラ」をただの「占い」か何かの延長だと勘違いしてるような節がある。
そのせいか、度々金運やら恋愛運やら聞いてくるが、その度に適当に誤魔化している。
ミカも心の底から信じてる訳ではないらしく、話が盛り上がればそれで良いというミカの態度は、私には好都合だった。
「……でさー! ~でね! ~だったんだって! マジで面白いよね~」
ミカの話が、今日はたまに耳からすり抜けていく。
あと、一時間弱。それがミカに残された時間。
私に出来ることは、親友として、せめて最期まで側にいていつものように笑顔で振る舞うことだけ。
最悪、巻き添えになったって構わないと覚悟してる。
……大丈夫。私は、子供の頃から「見て」来たんだ。もう、人が死ぬのなんて慣れっこだ。……だけど。だけど――!
「……ん? サヨリどしたん? お腹でも痛いの?」
「――! あっ、いや、大丈夫! ……何でもないよ」
ミカの声で我に返る。私はあわてて元気なフリをする。
「ん~?そう? まあそれならいーけどー……あ! あのお店! 前から気になってたんだよね~。 良い時間だし、今日はお昼、あそこで食べようよ~!」
そういってミカが指差した道路向こうのおしゃれなカフェは、全面ガラス張りで中が丸見えだった。
「……あの店、今日は入らない方が良いよ」
そういって有無を言わさずに踵を返し、早足で立ち去る私の背中を少し遅れてミカが追いかけてきた。
「なんでー! あ、もしかしてああいうカンジ苦手だった?」
「そういう訳じゃないけど、そういう事にしておいて」
「え~~~!? マジで意味分かんなー!!」
言えるわけもない。
「ガラス越しに、店員があと三十分後に刺される運命が見えてしまったから引き返しました」なんて。
……三十分後、スマホにニュース速報が入った通知音がなる。
私はあえて確認しなかったが、ミカがスマホを見て立ち止まり、顔を強張らせた。
「やっば……まさか、さっきいきなりアンタが引き返したのって……予感がしたとかそういうアレ?」
さすがにミカも感づいたようだった。
「そんな感じ」とだけ答えて、手短にはぐらかした。
「アンタのそのチカラ? ってさ、どんくらい当たるの? 半分とかでも凄いけどさ」
「今のところ十割」
「は!? 十割!? ヤバすぎでしょ……ガチの超能力じゃん、それって!」
「的中率十割って……。 アンタが占い始めたら億万長者じゃーん!?今すぐ始めよ! まずは配信用のアカ作って……」
「だめだよ。 だって、私のチカラは人が死ぬ時が分かるだけ……」
はっ、として口を押さえる。ミカがぽかんとした表情で、私を見ている。
――しまった。
そう思った時にはすでに遅く。
口から出た言葉はしっかりとミカの耳に届いてしまっていた。
「まさか……サヨリ……アンタ……」
「ミカ、 聞いて……」
「まさか……わたしのも……見えてるの? 例えば『今日ミカさんは事故にあって死んじゃいます~~』、とか。 ……はは、は……」
ミカの顔が蒼白になっていく。
「まって! 見えたとしても変えることは出来るの! 昔、一度だけあったの……運命を変えられたことが!! ……あっ」
私は焦るあまり、取り返しのつかない余計なことを口走ってしまった。
これでは「見えている」と自白してしまったようなものだ。
ミカが、私から距離を取るように後ずさる。がたがたと震え、スマホが手から滑り落ちて地面に落下した。
「やだ」
「ミカ」
「やだ……やだ、やだ、イヤだああああ!!!」
ミカがパニックになり、出鱈目に走り出す。
――あの時に見えたミカの「運命」と、目の前の現実の光景がリンクする。
「ミカ!! そっちはダメ!!」
真昼の、直線で見通しのよい大通り。
そんなことが起きるなど一切予測もせず走るトラックの前に、ミカが飛び出した。
――最終話――
「サヨリ……なんで!? なんであたしを助けたの!!? ……なん、で……っ!」
ミカが、倒れた私を抱き抱え、涙を溢しながら叫ぶ。
あの瞬間、あとわずかのタイミングで飛び込んで、ミカを掴んで歩道に渾身の力で引き戻した私は、ミカの代わりにトラックに撥ね飛ばされた。
トラックの運転手が急ブレーキを掛けて反対にハンドルを切ったおかげで掠めるように接触しただけだったが、十数メートルはおそらく飛んだはずだ。
なぜ意識があるのか不思議なくらい、全身が引き裂かれるように痛いし金縛りのように身体が動かない。
あばらも折れているのか、呼吸もひゅうひゅうとか細くしか出来ず、少しでも気を緩めれば意識を手放してしまいそうだった。
ざわめく大勢の人の声に混じって、ミカの声が、ハッキリと聴こえる。
ああ、良かった。私は「身代わり」になれたみたいだ。
「運命……を……変えるには……身代わりが、いるの」
「昔、おばあちゃん……運命が見えて……私は飼っていた猫……『身代わり』にして、しまった……」
「喋んな!もう!! 救急車まだかよ!?クソっ……サヨリ?おい、聴こえてるか!?諦めんな! サヨリ!」
「おばあちゃん……は、 助かったけど……私は取り返しのつかないこと……してしまっ……。 だから、これは罰があたっ……たの」
「わたしのせいで!! わたしのせいで!……サヨリ!! ダメ、お願い! 目を開けて!!」
「ごめんね……ミカ」
私が意識を手放す刹那、ミカの声に重なるようにして、懐かしい声が聞こえた気がした。
――エピローグ――
気が付くと、私は川のほとりにいた。
知らない場所、知らない景色。
だけど、そこには私のよく知る人がいた。なぜか、川に浮かぶ舟の上に座って。
「おばあ……ちゃん」
「久しぶりだねぇ。 サヨちゃん」
私は、夢でも見ているのたろうか。
「サヨちゃんに伝えたいことがあってね。 特別に、一度だけ会わせてもらえるように仏様に頼んで来たんだよ」
「おばあちゃん、私は……私は謝らないといけないことが……!」
喉まででかかった言葉の先を続ける勇気が出ない。おばあちゃんに知られたら――!
「あの時、ワタシを助けるために猫を身代わりにしたこと、だね?」
心臓が跳ねた。なんで、おばあちゃんがそれを?
一番、知られたくなかった隠し事を。
一番、知られたくなかった人に知られてしまっていた。
「サヨちゃん。 よく聞きなさい」
聞きたくない。私は、顔を背ける。
でも、おばあちゃんの声色は真剣ながらどこか優しい。
「あの猫はね、死んでなんかいなかったんだよ。 おばあちゃんはね……『自分の運命』を見て、『自分で寿命を伸ばした』んだよ」
「……はへ?」
予想外の言葉に、自分でも驚く程の間の抜けた声が出た。
「 サヨちゃんのチカラは『他人の死の運命を見る』チカラ。 おばあちゃんはね……『自分の死の運命を見る』チカラを持っていたの」
サヨリの目が驚愕に見開かれる。
「あの時、サヨちゃんがおばあちゃんの『運命』を見て、助けようと必死に考えて猫を身代わりにしようとしたの、隠れて全部見ていたんだよ。…… 猫はすぐに掘り起こしたら元気に逃げていったから……きっと自然のなかで天寿を全うしただろうさねぇ 」
何もかもが衝撃的すぎて、腰が抜けてへたりこんだ。
まさか、おばあちゃんもチカラを持っていたなんて……。しかも、全部見られていたなんて。猫も生きていて、身代わりなんて関係なく自力で助かってただけだったなんて……。
「ごめんね……サヨちゃんにちゃんと教えてあげれば良かったのにね…… 悪いおばあちゃんでごめんね……」
「そんなこと……!」
「おばあちゃんはね……『自分の運命』しか見れなかったから長生きは出来たけど、他人を助けることは一度も出来なかったんだよ。……でも、サヨちゃんは『他人の運命』が見える」
おばあちゃんは静かに言葉を続ける。
「おばあちゃんはね、見える人全部を助けろなんて言わないよ。 ただ、そのチカラをサヨちゃんの大切な誰かの為に使って欲しい。 そして、その大切な人を守ってやって欲しいんだよ。」
「おばあちゃん……」
「その為に、サヨちゃんはまだ死ぬべきじゃないんだよ。 だから、もう『生きなさい』」
――サヨちゃんの顔が見れて嬉しかったよ。
そう言って、おばあちゃんは私の胸を軽く押した。
目を覚ますと、そこは病室だった。
手も動く。身体の感覚もちゃんとある。
全てが真っ白の部屋で、様々な機械に繋がれて包帯だらけではあるが、私は生きていた。
――あれは……多分、夢じゃない。
私は川のほとりでの、おばあちゃんとの会話を思い返していた。
その時、病室のカーテンが開いた。
「……サヨ、リ?……目が覚めたのか!?」
「ミカ? お、おはよう」
ミカは花束を床にぶん投げて私のベッドに突っ伏して泣き出した。
さすがに半身ミイラみたいになっている重症の親友に、力一杯抱きつくのは思いとどまってくれたようだ。
「私の、私のせいで、サヨリが死んじゃうかと……! 良かった! 本当に良かった!!」
「……ミカ」
ああ、そうか――。
私のこのチカラは、ただ残酷な未来を知るためだけの無意味なものだと。そう思っていた。
だけど、おばあちゃんが言ってくれたように。誰かを助けることも出来るんだ。
退院したら、またミカと街へ出掛けよう。
今度は、私の好きな場所を教えてあげるんだ。
そこで、二人で一緒にこれからも思い出を作っていこう。
運命は、きっと変えられる。自分の力で。
そんな予感を胸に、私はまだベッドに突っ伏したままのミカの頭を優しく撫でながら、窓から見える青空を仰いだ。
10/21/2025, 2:47:26 PM