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「バカみたいよ」

箸が落ちた。叩かれた手が痛む。

何が間違っていたのか分からないが、
怒られたのだからなにかしてしまったのだろう。

「まともに箸も持てないの?」

成程。箸の持ち方を間違えていたらしい。
今初めて知った。箸の持ち方が間違えていることを。



友人より何より、長く付き合ってきたのは
家族でもなく、教材と机だった。

最低限の出席日数を取り、残りは家で家庭教師と缶詰。

努力が結果になったとて、満足してもらえたことは
一度もなく、学年があがるにつれ、数字だけでなく
アルファベットの質も求められるようになった。

食事よりも睡眠よりも勉強。
一に勉強、二に勉強。とにかく勉強。

身体を崩しても翌日には勉強。




机を齧り続け、大学は名の知れた所に入学できた。

合格通知が届いた時、母は嬉しそうに笑っていた。
母の笑顔なんて久しぶりに見た。嬉しかった。


お祝いを称した食事会が今だ。叩かれた手は
さっきよりも赤くなっていて、ジンジンと痛む。

頭の中の辞書をめくる。やっぱり専門外だ。
箸の持ち方は載っていなかった。

家庭教師に箸の持ち方は聞かないし、
家庭教師も教えてはくれなかった。

勉強不足だ。

こんなにやっても足りないのか。




今は解雇された元 家庭教師は、隙間時間に
ぽつぽつと自身の話をしていた。

自分と同じ様に勉強を強いられていて、
部活は1年しかさせて貰えなかったこと。

クラス会には一度も参加したことがないこと。

長期休みが終わり、友達から旅行の土産をもらうが、
自分は一度も返せなかったこと。


毎週金曜日の夕食だけは必ず家族で食べること。



あの人は自身と自分を重ねるように語ったが、
自分は今でもそうは思えない。



あの人はきっと、
箸の正しい持ち方が分かっているだろうから。




ああ、ほんと、

/バカみたい

3/22/2024, 11:57:38 AM