初音くろ

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今日のテーマ
《子供の頃は》





子供の頃はいつも一緒だった。
遊ぶのも、宿題をするのも、悪戯をして親から怒られるのも。
家が近く、親同士の仲が良いこともあって、物心ついた頃から共にいる幼馴染み。
だけどそんな関係も小学校まで。
中学に上がったわたし達は自然と昔のように『いつでも一緒』ではなくなった。

「子供の頃はこの道をこんな風にいつも手を繋いで帰ってたよね」
「それってどんだけ昔の話だよ」
「小学校に入る前とか……いや、小学校の頃も低学年の頃はあったような」

記憶を辿りながら言ったわたしの手を、彼が強く握る。
照れ隠しのつもりなんだろうけどそれはまったくの逆効果。
頬が赤らんでるから全然隠せてない。
本気で恥ずかしくて嫌だと思ってるなら手を離せばいいのに、それをしないのも。

幼馴染みのわたし達は、思春期になる頃にはすっかり距離ができてしまった。
クラスが違ってしまったこともあって、余計にどう接したらいいか分からなくなったのもある。
家に帰ってくれば、親同士は相変わらず仲良かったから普通に行き来はあったけど、会話も子供の頃のようには弾むことはなく。
高校に至ってはクラスどころか学校も違ったから余計に接点はなくなって。
だから、残念だけどこのまま疎遠になってしまうのだろうと、淋しく思っていた時期もあった。

それが変わったのは大学の頃。
夏休みに帰省していた彼と久しぶりに話したら、共通の趣味があることが分かって、そこから一気に距離が縮まった。
とはいえ完全に子供の頃のまま元通りというわけではない。
離れていた年月でお互いがお互いを意識するようになっていて、紆余曲折の末、数年の両片想いの期間を経て今に至る。
つまり、私達の関係は、幼馴染みから恋人に変化したというわけだ。

「またこの道をおまえと手を繋いで歩く日が来るなんて思ってなかったな」
「わたしも」
「でも、子供の頃の約束は叶ったな」
「え? 何か約束なんかしたっけ?」

いや、約束ならした。
大きなものから小さなものまで、彼との間で交わした約束は数えきれない。
その中で、特別思い入れのある約束がひとつある。
まさかという思いと、もしかしたらという期待が、わたしに素直な言葉を吐かせてくれない。
恐る恐る、でもそんなことなどおくびにも出さずに彼を見上げると、どこか得意げな笑顔がある。
子供の頃から見慣れた、大好きな表情が。

「大きくなってもずっと一緒にいようなって約束」
「覚えててくれたの……?」
「忘れるわけないだろ。っていうか、おまえの方こそ忘れてるかと思った」
「覚えてるよ。忘れるわけない」
「それなら良かった」

夏休み、お互いの家を行き来して遊んだ日々。
ずっと一緒に遊んでいたくて、別々の家に帰るのが嫌で、よくお互いの家で泊まり合った。
そんな時、彼が言ったのだ。
「大きくなってもずっと一緒にいような。結婚したらずっと一緒にいられるだろ」と。
たぶんあの頃の彼は結婚が何かもよく分かっていなかった。そのくらい幼い時分の話だ。
でもおませなわたしはそれを子供なりに分かってて「ずっと一緒だよ」と約束して、指切りした。
小さな子供の、他愛ない約束。
ずっと忘れてなかったけど、でも心のどこかで彼はきっと忘れてると思ってたし、叶わない夢だと思ってた。
まさか覚えててくれたなんて……。

「ガキの頃は正直ちゃんと分かってなかったけど、それでもずっと覚えてたよ。結婚したらずっと一緒にいられるんだって」
「うん……」
「年頃になって疎遠になってた頃も時々思い出してた。一応、初恋だったしな」
「わたしも……あんたが初恋だった。きっとそんな約束なんか忘れてるんだろうなって思ってた」

どちらからともなく握り合う手に力が籠もる。
しっかりと指を絡めて、お互いの手が離れてしまわないように。

今日、わたし達はお互いの家に結婚の報告に行く。
わたしの両親も、彼の両親も、きっと喜んでくれるだろう。

そうしてわたし達は、幼い日の約束を果たし、夢を叶える。
子供の頃は叶わなかった『同じ家に帰る』という夢を。





6/24/2023, 9:25:48 AM