鯖缶

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今にも泣き出しそうな空だ。
駅から待ち合わせ場所の喫茶店へ向かう足が気持ち早まる。
その物憂げな空に、昨日の彼女の表情が重なった。
『いいなぁ。』
見るともなしに点けていたテレビに映ったのは結婚式。女性は白い着物で、頭がすっぽり隠れる白い大きなフードのようなものを被っている。ちらりと目をやって『んー? そうかな?』と言った瞬間、しまったと思ったがもう遅い。彼女は「ん?」と笑顔を見せたが、その一瞬前、僕の目には何かを堪えるように引き結んだ彼女の唇が確かに見えていた。

喫茶店に着くと待ち合わせの相手はすでに来ていたが、ぼんやりと空を眺めており、こちらに気づく様子はなかった。
「美里。」
声を掛け、向かいの席に座る。
「蒼斗君、早かったね。降られなくて良かった。」
彼女は僕に微笑みかける。昨日の片鱗は垣間も見えない。
「うん、降るかと思って早足になった。こういうのを物憂げな空っていうんだろうなぁ。」
「降るか降らないか悩んでる感じね。ところで今日はどうしたの? わざわざ…」
店員さんが注文を取りに近寄ったので、会話が中断する。僕はブレンドコーヒーを、彼女は小腹が空いたと言ってホットサンドとアメリカンコーヒーを頼んだ。
僕が口を開こうとすると「あ。」と彼女が話し出す。
「さっきの物憂げな空、青空かも。」
「え? 何で?」
「ほら、気分が落ち込んでることをブルーな気分って言うじゃない。マリッジブルーとかマタニティ、ブルーとか…ウィンターブルーとか」
話しながら彼女の表情が歪んでいき、声が小さくなる。泣き笑いのようになった彼女の顔。
「美里、昨日はごめん。」
僕は心を決めて話し出す。
「昨日、僕の返事が悪くて…。僕は、その、着物じゃなくてドレスの方が似合うと思ったんだ! それで、君が着物を見ていいなって言ったからついそうかなって言っちゃって!」
僕は一呼吸入れてから、改めて彼女を見据える。
「島本美里さん!」
「はい!」
彼女は返事と共にピッと姿勢を正す。
「僕と結婚して下さい!」
僕はポケットから素早く小さなケースを出し、蓋を開ける。キラリと輝く一粒のダイアモンド。
「は…はい! よろしくお願いします! ふ、ふふふ…蒼斗君、こんなことするキャラじゃ…。」
僕は何も言えないまま、指輪をケースをから指に持ち、彼女の左手を待つ。
そして彼女の薬指に…入らない。サイズが小さかったようだ。
「…入らないね。」
僕に気を遣ってか、唇を噛み締めて笑いを堪える彼女。
そう、昨日の失態に焦った僕はすぐにでも彼女にプロポーズをと焦るあまり、店頭ですぐに持ち帰ることができる指輪を買ったのだ。
タイミングを見計らって注文の品が彼女と僕の間に並ぶ。
それを境に、彼女は堪え切れなくなり笑い出す。

彼女の言う通り、キャラじゃないことはするものじゃない。でも彼女が笑っている。何の憂いもない笑顔。
彼女がホットサンドを食べ終わったら一緒に返品交換に行こう。

2/26/2023, 5:50:01 AM