未だに忘れることの出来ない教室の景色は、記憶の中でいつも眩しい。
戻れないと知っていながら、焦がれるのを止められないのは、僕が他に縋れるものを見つけられないでいるからだろう。
窓から差した光がリノリウムに照り返し、反対側の壁を光らせている。
病室には、僕の他に一人だけ。
いつも退屈そうな表情で本を読んでいる。
僕の視線に気づくと、迷惑そうな睨みを返された。
「何読んでるの」
「言っても分からないと思う」
「言ってみないと分からないじゃん」
「シュロックホームズの冒険」
「有名なやつじゃん。コナン・ドイルでしょ?」
「違う、これはパロディ作品だから。シャーロック・ホームズを元ネタにはしてるけど、内容は全然違うんだよ。主人公は結構ダメダメだし」
「本家は本家でなかなかダメなやつじゃない?」
「は?本家は超カッコイイでしょ」
冷えた鋭い声が返る。
「すみませんでした超カッコイイです」
素直に謝っておくと、うむうむと満足気に頷いた。
「本、好きだよね。いつみても読んでる」
「このくらいしかないのよ。ずっとこんな病室にいるから。初めから好きだったわけじゃないわ」
「今は好きなんでしょ?」
「まあね」
彼女がいつからここにいるのか、僕は知らない。
初めて見た時からずっと、何かしらの本を読んでいたと記憶している。
もし、本を読むのが好きでもなかったのなら、読書を好きになってしまったことは、とても悲しいことのように思えた。
もう1年も行けていない教室が、遠い思い出になった僕はそれでもずっと焦がれている。
彼女はどうなんだろう。
いつからそう思って、そう思わなくなったのだろう。
いっそいつまでも届かないのなら、この夕焼けが街ごと燃やしてしまえばいいのに。
5/15/2023, 1:39:29 PM