【君と一緒に】
星を見た。
その日は流星群で、どうしても見たかったから。
俺はこっそり学校に侵入して、警備員が来ないよう細心の注意を払って教室に辿り着いた。
涼しい夜なのにも関わらず、緊張で汗が滲むシャツが鬱陶しかったのを覚えてる。
この扉を開ければ、俺だけの世界だ。
歓喜に震えながら俺は、ドアノブに手をかける。
ずっと、息苦しかったんだ。窮屈で息が詰まりそうな苦しみに囚われながら俺は、平然としたふりをし続けていた。
扉を横に開けた。普段と変わらないはずのその動作でさえ、俺を特別にする。
床に落ちた匂い。壁に張り付いた空気。
それらを感じて初めて、この世に俺の世界なんてなかったんだと知った。
「…天崎くん?」
透き通った声が、俺の名を呼ぶ。
「あ……天野?何でこんなところにいるんだよ」
先客がいるなんて聞いていない。変な汗が背を伝う。
「私は…この時間はいつもいるよ。天崎くんこそ何でこんな時間に学校来たの?」
天野はいつもクラスの人気者。勉強も運動も申し分ない、成績優秀な学級委員程度の印象しかない。対して俺は全てにおいて平々凡々。特筆すべき事項はない。
俺と天野に特別な関係なんてなかったし、これからもないはずだった。
「…俺は……」
言葉が喉の奥に支えて出てこなかった。
何で天野はここに居る?俺と同じ目的か?いや違う。いつも居るなら、そんなわけがない。俺を理解できるはずがない。
「別に…無理に言わなくてもいいよ。…私は疲れを取るためにここに居る。…いつも、疲れてるから」
自分の心音がよく聞こえた。速くて大きい、動悸を隠しきれていない俺の心臓。
気付いていた。天野の、ふとした瞬間に見せる疲労と焦燥感を帯びた感情に。完璧に疲れた表情に。
多分、俺だけが。
「俺は…どうしても、見たかったんだ」
口が勝手に動いた。天野は座っていた椅子から立ち上がり、俺の同じ目線に立つ。
いつものような、貼り付けた笑顔はない。
「この景色が、見たかった」
暗い夜空を、星が駆ける。風が吹き、カーテンが揺れる。
俺がいつも息苦しい世界と、天野が疲れ切った世界と変わらない構図の、全く違う世界。
天野は、心の底から安心しきったように笑った。
1/6/2025, 10:51:51 AM