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「in the wind」


「どう、シルバ。見える?」

「んー、まだ見えないな。いつもならもう海が見えてもおかしくないんだけど、今年は暑かったからな。出発が遅くなっちまった。」

「ほんと、私たちのウバが"太陽の祝福"を受けるまで、どれだけ待ったかしら。まあこれでも早い方だったけど。」

「文句はそこまでにしとけ、アンズ。それよりもウバの操縦は順調か?」

「当たり前でしょ。今年は急に寒くなったから風も強くて扇が安定して張ってるわ。」

「そうか、頼りになるな。また海が見えたら報告するよ。きっと海が見えるくらいまで進めば、風の動きも難しくなるだろうしな。」

「頼むわよ、シルバ。」

「任せとけ!」



 今年はイチョウもイロハモミジも、紅葉するのが遅かったな。すでに11月も中旬というのに、イチョウの半分は青いままだし、イロハモミジも赤い部分の方が少なく見える。
 けれど、いつものごとく山道を進めば、足元は枯れ葉で埋まっているし、凍える北風も吹いている。桜の散る姿には劣るけれど、紅葉した葉が落ちる姿は美しい。
 
ザーッ

 また強い北風が吹いた。頭上でたくさんのイチョウが散る。空を舞う扇の中に、一際早く飛ぶ一枚が見える。
 あの葉、随分と綺麗に風に乗っているな。まるで紙飛行機のように山を下って進んでいる。

「......!」「...!」

 ん?誰かの話し声が聞こえた気がしたけれど、木枯らしに揺れる葉音か、あるいはリスでも泣いているか。こんな早朝に人間がいるわけない。

 はあ、やっとついた。銀杏の実特有の臭いが、季節を感じさせる山頂で静かに佇むのは、太陽の神をまつる銀杏神社だ。毎朝、畑仕事の前にここへ参拝しにくるのが私の日課だ。

 「今日も良い1日になりますように。」




「...ん?シルバ、どうかした?」

「いや、神社へ向かう人間がこちらを見ていた気がしたんだけど、気のせいか。」

「気のせいよ。こちらを見ていたとしても、羽葉の扇に隠れているから、私たちの姿は見えないわ。」

「それもそうだな。そんなことより、アンズ、海が見えてきたぞ!我らの主が現れ、そして沈む場所。おれたちの帰る場所だ。」

「さらに風が強くなるわよ!捕まって、シルバ!」


 左手に朝焼けを臨む黄金色の翼は、輝く藍色の海へ向かって、空高く駆けていく。

11/14/2023, 1:07:23 PM