シャイロック

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手ぶくろ

 いつもの習慣で、リビングに行くと「おはよう」と言ってしまうが、妻はもう居ない。ある冬の朝、キッチンで倒れていてそれっきりだった。当時は、その事実を受け入れられず、葬儀は長男が仕切り、私はただやり過ごした。
 1年経って、春も夏も秋も妻が居ないことを実感し、やっと受け入れられたと思っている。
 妻の分まで長生きしようと、健康のために毎日散歩をしている。齢(よわい)80、まだまだ頑張るつもりだ。天気予報で気温がマイナスになっていたので、コートを出して着た。幸い、近くに大きな公園があるので、そこまで行って一周するとちょうど良い。小さな子どもが遊ぶ様子とか、釣りをしている様子とか、寒いのにランニングと短パン姿で次々とランナーが行く様子とか、楽しく眺めながら歩く。
 寒いな。大きめに振ってウォーキングしていた手を、ついポケットに入れると、手ぶくろが入っていた。
 妻は、コートがクリーニングから帰ってくると、いつも手ぶくろを入れておいてくれるのだ。次の冬のために。そのとき、自分が居ないとは、本人も思っていなかったろうな。
 その手ぶくろをしながら、久しぶりに涙が出た。
 

12/28/2024, 1:36:19 AM