無音

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【204,お題:お気に入り】

「ねえ、その子僕のお気に入りなんだけど」

目の前を物凄い勢いでなにかが通り過ぎ
びゅおうと吹いた風が着物の袖をはためかせた

「へー、君も言うようになったものだねぇ」

ビッと互いに鋭い爪を喉元に突き付けながら凄む
1歩間違えたらこの屋敷ごと私は粉微塵にされてしまうだろう
どうか無事に事が終われと、臓物が捻切れそうな緊張感の中ひたすらそれだけ考えていた

「はっは、怖い顔するなぁ~後ろの彼女が怯えているよ?」

心の中を透かし見られた気がしてヒュッと内蔵が縮こまる
冷や汗が背を這う不快な感覚がした

「五月蝿いんだけど、早くどっか行ってくんない?」

「しっかし君がお気に入りを見つけるなんてね、新しい玩具でも欲しくなったの?」

「アンタの話を聞かない癖はいつ治るのかなぁ?...今から5秒以内に僕の視界から消えろ」

ずん、と空気が重くなる、自分にかかる重力が倍になったような気分だ
次の瞬間には乱闘が始まってもおかしくない、吐きそうな程の緊張と恐怖に目眩がした
だが、最悪な事態はギリギリ避けれたようだ

「わー怖い怖ーい、じゃ美人ちゃんまたねー!」

面倒ごとは勘弁、と思ったのか颯爽と相手は去っていった

「はぁ、マジでアイツ嫌~い」

彼はいつものとろんとした顔に戻ると、「僕えら~い!撫でて~」と子犬のように走ってきた
正直触れるどころか、同じ空間に居ることさえ憚られるほどの身分の差だが
それで機嫌を損ねてしまえばそれこそ首が飛ぶ、細心の注意を払って頭に手をやった

それにしても「お気に入り」か、彼らはとても気分屋だし根本的な解決には全くなっていないが
ほんの少し、緊張が和らいだ気がした

2/17/2024, 11:11:29 AM