これで最後

「これで最後にしよう。」
この言葉は、私の生活を飾るだけのなんの意味もないただの音。
この音が向けられているのは、一枚の電子機器。
深い夜の静けさで満ちた部屋の中、またひとつまたひとつと、時間が溶けていく。

溶けゆく時間の中に何があるのだろうか？
そんな疑問を焼き貫くブルーライトは、次の場面へと変わっていく。
「私は後悔するんだろうな。」
明日死ぬほど寝たい5分を、今日も溶かしている。
だって、全部足りないんだもん。

溢れるのは仕事だけの毎日。
乾いた心は、愛を欲し、時間を欲し、金を欲する。
それが、一枚の板に映される虚像であっても。
ザルの心の器に、今日も愛の水や時間の氷、金の蒸気をめいっぱい積み込む。
これで明日も生きれるくらいに

流れた水も、溶けた氷も、掴めない蒸気も、居ないことが分からないくらいの今日。
「これで最後にしよう」
自分の思いで決めれなくなった私は、薬を飲んで今日を昨日へ。
明日は目が覚めるのかな？覚めなくてもいいな。

夢で消えた僕は、実体を持って今日もいる。
くすんだ瞳に綺麗なスーツ。下しか向かない顔に整った髪型。笑わない感情に揺れる電車。
「今日は会社消えてたりしないかな？会社じゃなくて、上司でもいいな。」
ボソボソの声は、真横の人には聞こえただろう。
頷く横の人も同じなのだろうか。

「これで最後にしよう」
カバンの中にある一枚の封筒。喉元まで出かかっているその言葉と共に、今日もまた隅へ隠す。
上っ面の笑顔と、空になった元気を全面に出す。
「挑戦を乗り越えてこそ成長できる！想像力溢れる信頼される企業を！」
響く社訓は、今日も元気で溢れている。

「これで最後にしよう」
既に三つを超えるエナジードリンク。体に悪いのはわかっているけど、これがないとやってられない。
お昼の時間に屋上へ行く。
同僚と一緒に持参した椅子に座り、コンビニの弁当をたべる。
結構美味しい。

「つかれたよなぁ、今日のノルマあと何割？」
１/３言ってればいいなぁと絶望混じりのため息。
俺もそんなもんかな、と返す同僚の姿はなかった。
ぽっかり空いたフェンスと、ドスっと鳴る鈍い音。
「 」
空いた口は、何も言ってくれない。
響く悲鳴は心に刺さった。

回らない頭は、屋上から見下ろす同僚だったものを追いかけたがっている。
けど、恐怖の影が屋上に体を縫いつける。
「これで終わりにしよう」
その言葉は今日もただの飾り。
消えたいと言う私には。覚悟がなかった。

5/27/2025, 12:43:32 PM