第二十四話 その妃、種を蒔く
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自分で情報を集めさせたか、はたまた男の願いを叶えようとした誰かの目論見があるのかは定かでない。
しかし、一握りにも満たなかったはずの極秘情報が漏れた。恐らく、そこそこの人数に。
これは、由々しき事態に他ならなかった。
やんごとなき男はこの国では帝と呼ばれているらしいが、その男に連れて来られた当初、零からの情報集めはかなり骨が折れると思っていた。
その男の監視下で監禁され、徹底的に人との関わりを絶たれた状態では、この国の情報は疎か、漏洩した人物や捜し人のことさえわかるはずもなかった。
唯一その機会があるとすれば、毎日三食、必ず運ばれてくる食事が下げられるまでの間だけ。
しかし、毎回食事を運びに来る少女は国の外から来た人間を嫌っているのか、それともただ無愛想なだけなのか、一切口を開くことも目を合わすこともなかった。
ただ、全く興味がないというわけではないようだ。
一人で食事するのも味気ないから一緒に食べないか、という誘いを無言で拒否されて以降、度々視線を感じるようになったのだ。
視線が合うようになったのは、それからまた数日後のこと。適当に結い上げていた髪が我慢ならなかったのか、向こうから梳らせて欲しいと申し出されたのだ。
それ以外の会話はなかったが、おかげで鏡越しに何度か視線を合わすことができた。
『私ね、強者は常に誰かを守るために在るべきだと思うのよ』
『……?』
『だから必ず、私があなたを押さえ付けているものから解放してあげるから、もう少しだけ我慢していてちょうだい』
『――!』
幼馴染みとの恋を許さず、名家嫡男との結婚を押し付けてくる父親。
拒否をし続けた結果絶縁された後、それでも我慢ならなかったのか、恩を忘れ家名を汚したとして実父の手により殺されかけた。
命辛々逃げた所を今度は攫われ、後宮へと無理矢理入れられた。
しかしここでも、支えていた妃や上司からは痛め付けられ、挙げ句の果てには宝飾品を盗んだと無実の罪を着せられた。
幼馴染みとの再会も叶わぬまま、首を切られるすんでの所で拾われ、最後の仕事だとここを言い渡された。
“中にいる女とは一切口を聞くな”
“決して国の話をするな”
“これを失敗すれば、お前の命は無い”
……少女の心が純粋で綺麗だったからこそ、その心に触れさせてもらえたのだと思う。
『私の話を信じる信じないはあなたに任せるわ。不審な点があるなら、報告をあげてもらっても構わない。私があなたに求めるのは、あなたがあなたとして在り続けること。それだけだから』
ただ、無実なんだから堂々としてなさいよ。
そして、どうせならもっと毎日楽しみなさい。
いつも同じことばかりするだけじゃ、つまらないでしょう?
『ここに来た時は、自分の仕事をしたらいいわ。それのついでに、よければ髪を結って行って?』
初めは不安そうにしていた少女とも、そうして少しずつ打ち解けていった。おかげで目を合わせる時間も日に日に長くなり、この国の情報が少しずつ見えてくる。
ただ、一つ困ったことがあった。ここにいる多くの人間が、この国の帝という存在に尊敬の意を抱いていることだ。
高官の中に、一人くらいは不満を感じている人間がいるだろうと高を括っていたのだが、全員揃いも揃って世継ぎの心配しかしていないときた。そう思えばある意味平和だと言えなくもないが。
(ちょうどお手頃ではあるんだけど……仕方がないわね)
夢を渡り歩くこと数日。
見つけたのは掃部の男と、その男と繋がりのある陰陽師。
そして――……帝が捜してやまない女。
『少しだけ待たせちゃったかしら』
そう言うと、少女は感極まった様子で涙を流した。
膝を突き、感謝を述べるように頭を下げようとする少女の手を取って、ゆっくりと立ち上がらせる。
『終わりじゃないわ。今から始めるのよ。そのために、あなたの力を少し貸してちょうだい』
まずは……そうね、種を蒔きましょう。
人気のない所に。
枯れ井戸近くに幽鬼の噂と。
……キラキラ光る、宝石の種をねえ――?
#0からの/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/22/2024, 9:29:55 AM