→短編・ミミック
新宿ゴールデン街のバーで知り合った、トムと名乗るアメリカ人とすっかり意気投合した。
聞けばトムはシカゴでバーを経営しており、ゴールデン街には視察の名を借りた観光で訪れたという。
そう言うことなら多く軒数を回ったほうが良いだろうと、狭い路地を行ったり来たり一緒に何軒かをはしごした。
僕の乏しい英語力と彼の僅かな日本語の単語を駆使して、僕たちは会話を交わした。完全な会話とはいかなかったが、とにかく大笑いをした。僕の人生で最も笑った一晩だと思う。
彼は幾つかの日本語を操って、コミュニケーションを楽しんでいた。挨拶は言うに及ばず、簡単な賞賛の言葉の「おいしい」や「ありがとう」、「イイね」「サイコー」その単語集には「ヤバい」もあって、彼の気さくな人柄をうかがい知ることができた。
彼の英語なまりの日本語は独特のニュアンスを持っていて、僕の頭で翻訳されるとき、すべて平仮名かカタカナで変換された。
別れ際にトムは叫んだ。
「あなたとわたし、サイコーのともだち!」
真っ直ぐに心に響くその言葉に答えて、僕は大きく手を振った。
トムも同じように手を振り、そのまま真夜中の路地に消えていった。
彼の背中を見送りながら、たった一晩の友情も面白いなと、その別れ際の言葉を僕は宝物のように感じた。
しばらく経って、ネットのニュースを見流しているとき、知った顔が目に飛び込んてきた。
トムだった。
その記事が伝えるには、彼は数十件にも及ぶロマンス詐欺の容疑者として逮捕されたという。
警察に連行されて顔をゆがめる彼の姿に、あの夜の面影は何処にもない。しかし、確かに彼だった。
さらに名前もトムではなかったし、日本に十年近く住んでいたらしい。
思えばあの日、彼は僕が何度言っても連絡先の交換をはぐらかした。写真すら撮らせなかった。チョイスされた単語は相手の気分を良くさせるものばかり。シカゴのバー経営も嘘だったのだろう。もしかすると僕を投資詐欺にかけようとしていたのかもしれない。
英語なまりのイントネーションも嘘だったのだろうか?
「あなたとわたし、サイコーのともだち!」
宝物だと思っていた言葉は、僕を騙し討ちするミミックだったのだろうか?
スマートフォン越しの容疑者の顔と、あの晩の好青年の顔が交錯して溶け合う。
僕はたまらずスマートフォンの画面を消した。
テーマ; あなたとわたし
11/8/2024, 1:50:18 AM