何でもないふり、を、しなくちゃならない気がしてしまうときは少なくない。大抵の場合は誰かを心配させないため、とか、不安がらせちゃいけないから、とかの理由だ。他にも、優しい誰かが自分自身を責めたりしないようにとか、ちゃんと自分で始末をつけなくちゃとか、いろいろある。
今は何でもないふりしておかないと、心がいじけて折れてしまいそうだから、必死で踏ん張っちゃうときもある。
歳をとるほど、素直に泣いたり、わめいたり、ごねたりするのは難しくなる。ひとりで静かにベソをかけば、子どもの頃の空気の中に入ってしまうから、そんなところを自分の子ども達に見られたら、子ども達は不安な気持ちになりそうだし、悪くすれば無理させるかもしれない。子どもはすくすく育つのが大事な仕事だ。まだまだ小さな人に、自分で立つべきおとなの面倒のためにエネルギーを割かせるなんてダメだ……と、考えるから、やっぱり私は「何でもないふり」をする。それが正解かどうかはわからないけれど。
それに、もしかしたら「ふり」は「ふり」じゃなくなるかもしれない。自分をだますのではなく、ちゃんと自分のための「着地点」を見つけられれば、きっと本当に「何でもなくなる」。それを目指して、今は何でもないふりをしてしのぐ。
12/11/2023, 1:25:10 PM