空棚

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 駅前のベンチでボーッとしていた。今日のバイトの出勤時間は11時。今は12時半。まぁそろそろ辞めたいと思ってたしな。LINEも電話も来ないし、俺が居なくても大丈夫なんだろう。あーあ、なんにもやりたくないや。全部ぐちゃぐちゃになれよ。寝っ転がりたかったけど、今どきのベンチは手すりや出っ張りで寝れないようになっている。排除アートとか言うらしい。とことんヤな世界だな。ふと目線を上げると、遠くから歩いてくるサラリーマンがやけにとぼとぼ歩いているように見えた。秋になったらしいけど、昼はまだスーツじゃ暑そうだな。昼からとはいえ土曜も出勤か。あー就活のこと思い出しそう。仕事なんかすんなよ。無職でもさ、ギリ生きてければ良くないか?なあ、おい、金なんか何に使うんだよ。働き続けて金抱いて死ぬより、一文無しで裸踊りしてた方が楽しかったりしないのかよ!なあ!聞いてるのかよ!

「踊りませんか?」

 サラリーマンが振り返る。

「踊りませんか?」

 サラリーマンが目を見開く。

「踊りませんか?一緒に」

 サラリーマンが見なかったフリをして歩き出す。

 完全に不審者ムーブだったなこれ。まぁどうせもう二度と会わないだろう。いや、最寄り駅だしワンチャン会うな。考えても仕方の無いことを考えていたら聞き慣れた発車メロディと線路の音がかき消していった。帰るか。立ち上がると、横から息切れしたような声が聞こえた。

「僕ダンスとか習ってないんでなんも踊れないですよ」

 サラリーマンが袖をまくって手を差し伸べる。

「僕もですよ」

 その手を取ってみた。


 頭の痛みで目が覚めた。さっきのベンチで寝ていたようだ。排除アートに勝った。さて、どこまで夢だったか怪しいな。一旦帰ろう。帰って踊ろう。練習しよう。そんでまた声かけよう。今度は教えられるようにしておきたい。歩き出す前にLINEで一言、「辞めます」とだけ送った。

10/4/2024, 6:31:31 PM