書く習慣:本日のお題「ずっと隣で」
ずっと隣で生きていきたい、と思った人がいた。
10代の頃である。
とにかく彼の顔と声が好きだった。好みの顔が楽しそうにしているのを見ると満たされた。私の知らない小説やゲームについて話す声は何時間でも聴いていられた。当時もし彼がネットで配信をやっていたら、何をおいてでもずっと視聴していたと思う。
よく少女漫画で人気者の男の子と地味系ヒロインがくっついているが、今になって思えば当然だ。ヒロインは人気者を「クラスの人気者」とコンテンツ扱いしない。「○○くん」と、一人の人間として扱っている。中には「そりゃ人気なわけだよ😭」みたいなモノローグが挟まるパターンもあるが、彼女たちは○○くんに対して推し活的な言動をしない。
10代の頃からインターネットに入り浸っていると感覚が麻痺しがちになるが、芸能人でもない他人を推すのはあまりよくない。好意を抱いた相手はついつい推したくなってしまうけれど、相手は仕事で人気者をやっているわけではないのだから、こちらも対等な人間として接していくのが筋である。
当時の私は、好みど真ん中を射抜いてきた相手とせっかくお付き合いできたのに、相変わらず彼に対して推し活的な思考をやめられなかった。というか、恋愛感情と推し活と執着がごちゃごちゃになった結果を「好き!」と処理していた。シンプルにやばいやつである。
当然のことながら、彼とはうまくいかなかった。彼の方がどういう理由で私を振るに至ったのかはわからないが、心当たりがありすぎるので残念ながら当然だと受け止めている。
それでも、私の人生において「お向かいの家に松坂桃李が引っ越してきた」レベルの顔の良い人との接点だったし、10年以上経っても当時のときめきは昨日のことみたいに鮮やかに思い出せる。思い出せるというより、心の冷蔵庫のチルド室にしまってあっていつでも新鮮な状態で取り出して眺めるみたいな感覚に近い。
そんなわけで、ある意味で彼は今もずっと隣にいる。
もはや怪談である。
3/14/2026, 1:32:01 AM