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君だけのメロディ
遥か昔、音に魔法が宿る世界があった。
その国では、旋律を紡ぐ者を〈奏術士〉と呼び、彼らの歌は雨を止め、風を導き、人の心を癒した。
リィナは、その国で唯一、声を持たない少女だった。
音の魔法が全ての力を握る世界において、彼女は“沈黙の子”と呼ばれ、誰からも見向きされなかった。
だが、リィナにはひとつだけ、誰にも負けない力があった。
それは――“人の心の旋律”を聴く力。
悲しみを隠す笑顔、怒りに震える沈黙、誰にも気づかれない願いの音。
彼女にはそれが、旋律として聴こえたのだ。
ある日、リィナは森の奥で倒れていた青年を助ける。
名はセイル。記憶を失い、名前すらも曖昧な彼だったが、リィナにだけはなぜか微笑んだ。
「君の沈黙が、いちばん心地いい音に聴こえるんだ」
彼の心は、透き通るようなメロディで満ちていた。
それはどこか懐かしく、リィナの胸を温かく包んだ。
数日後、国に魔獣の群れが迫った。奏術士たちの旋律でも鎮められぬその暴走は、“心を失った魔物”と呼ばれていた。
だが、リィナはその音を聴いた。
魔物たちの奥底に、苦しみに似た震える旋律が流れていたのを。
彼女はセイルとともに、魔獣たちの前へ立った。
セイルは静かに目を閉じ、リィナの手を取った。
「君が感じた音を、僕が歌にする。君だけのメロディを、世界に届けよう」
リィナの心から溢れた旋律は、セイルの声と重なり、空へと舞った。
それは静かで、優しく、どこまでもあたたかい音。
やがて、魔物たちはその歌に涙を流し、森へと帰っていった。
人々は奇跡と呼び、少女の沈黙が世界を救ったと讃えた。
だが、その日を境に、セイルの姿は消えた。
残されたのは、ひとつの旋律――リィナの胸に響き続ける、君だけのメロディ。
⸻終
6/13/2025, 6:28:02 PM