NoName

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僕は彼女を愛している。
無垢な笑顔も、考え事をすると全ての動きが止まる所も、時に色っぽさを感じさせる体つきも、鈴のような声音も。
彼女は果たして僕を愛しているのだろうか。袖で指を覆って、熱そうにミルクティの缶を傾ける彼女は、気まぐれにしか僕に会いに来てくれない。次の週には僕を訪ねてくることもあるし、何ヶ月も放っておきながら突然呼び出しの電話がかかってくることもある。
彼女の唇に指先で触れたことはあれど、手を繋いだことも、抱きしめ合ったことも無い。しかし、彼女は一晩中寄り添って話してくれる。甘えるように僕の方に額を寄せて眠る彼女の熱を忘れたことは無い。
「寒い」
今日は寒くなると朝の天気予報でも言っていたはずだが、確か家にテレビも置いていない彼女は薄着で、僕に身体を寄せてくる。
「家に行く?」
僕が顔を覗き込むと、彼女は首を振り
「帰ろうかな。もう遅いし」
と僕のほうを見ずに呟く。スマートフォンを見ると21時を回っていた。
「駅まで送るよ」
もう冬に片足を踏み入れた街を、2人で並んで歩く。僕はチラチラと彼女の冷たそうな指先を見つめ、彼女は暗くなり始めた店のウィンドウを眺めながら。
ふと、彼女が電話に出る。うん、うん、と小さな声で受け答え、少し暗い表情で通話を切った。
何度か躊躇い、駅が目前まで迫ってきてから、僕は後悔しながら彼女に尋ねた。
「電話、誰から?」

じゃあね、と振り返り、僕の頭を撫で、「またすぐ会えるから」といつものように優しく微笑んだ彼女の背中を、僕はいつまでも、いつまでも見つめていた。

10/26/2022, 7:46:08 AM