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tiny love


ざっざっ…誰もが振り向くような美少女は、白く絹のような肌を引っかき傷でぼろぼろにし、そんな体とは反対にスッキリとした顔をしていた。

(痛いわね)
ふっと思い出してつい笑い声が漏れた。生まれて初めて、他人と喧嘩をした。情けなくて、みっともなくて、とても見られたものじゃなかったけれど、不思議と嫌な気持ちは残っていない…。むしろほのかな高揚感と達成感のようなものに包まれ意外と心地よい。自分の中の負の感情を、あんなにも人にぶつけられるなんて。初めて自分が信じられなかった…。

数時間前──⋯
『そんな、私の方こそいつもだめだめで…』
この子はまたこんなふうに自分を卑下する…!どうしてわからないの、こんなにも才に溢れているというのに!
「よしてちょうだい!」
私は貴女のそういうところが……!
バシッ!
頬を叩かれたあの子の目は見開かれたまま。そのまま、ここから去ってちょうだい…。私の醜い劣等感が出てきてしまう前に………!
だけどそんな私の願いなどおかまいなしに、あの子は予想外に動いた。
ひゅっという音がしたかと思うと──バシッ!
あの子は、私の頬を叩き返した…!
「なにするのよ!」
『先にやったのはそっちじゃない!』
そこからはもう止められなかった。お互いにお互いを罵りながら叩いて、殴って、髪を引っ張りあって…もし別の誰かが見ていたら、正気を疑われたでしょうね。息も切れてきて、頭が冷えてきたころにあの子が言ったの。
『あなたがそんな人だったなんて』
あの感情をどう表したらいいかわからない。勝手に理想押しつけないでと腹が立った気もするし、なんだか悲しかった気もする。でも、それ以上に続けた言葉が胸に残った。
『あなたの本性を知ってるのは私だけでしょ』
にやっと笑った顔が悪人のようで、私は共犯者になったみたいにふっと返してみせた。
顔を見合せて、同時に吹き出した。
ああ、喧嘩ってこうするのね。
本心を吐き出したら、負けたくないと焦っていた気持ちはどこかへ行ってしまったようだ。
私とこの子は違うと…敵同士であるように思っていた。けれど、違った。私たちは確かに違うけれど、敵ではなく好敵手同士なんだわ。この時、気づいた。私の心の99%はこの子への闘争心かもしれない。けれど1%くらいは……きっと、愛と呼べるもの。
(私の1番近くにいるのは…貴女よ。そして──貴女の1番近くにいるのも、私よ)
馴れ合ったりなんか、しないわ。私は私の、あの子はあの子の道を行く。

家へ戻る帰り道。痛む傷はふたりだけの秘密。

10/29/2025, 4:27:04 PM