作品75 秋の訪れ
学校から帰ると、部屋が少し荒らされていた。空き巣ではない。どうやら自分がいない間に母が内緒で入ったらしい。連絡入れてくれたらもう少し掃除したのに。
机の上には大量のお菓子と、少しのお金と、1枚だけ置き手紙が置いてあった。
『最後の大会、準優勝おめでとう。ひと月遅くなったけど、お祝いとして冷蔵庫にケーキを入れておきました。夕食食べてからたべてね。下宿の人によろしく。』
それは母からの、祝いのメッセージだった。
大会。
その単語だけで、あの時。大会の結果発表のときを思い出す。自分たちの学校名が呼ばれた瞬間、誰かが叫んだのをきっかけにみんな泣いて、おめでとうと言い合って、何度も何度も、夢じゃないことを確かめるようにつよく抱きしめ合った。閉会式が終わったあと、みんなは泣きながら家族に連絡を入れていた。
それがひどく、羨ましかった。
もし自分が今両親に連絡すると時間帯的に仕事だから迷惑になるし、連絡したところで優勝じゃないのにって言われて終わる。それが怖くて、この幸福感を壊したくなくて、言うのをやめた。
けど、認められたんだ。褒められたんだ。それが嬉しくて嬉しくて、何度も母からの手紙を読んだ。
夕食後、紅茶のためのお湯を沸かしながら、ケーキの箱を机の上に置いた。クリスマスプレゼントを開けるみたいに、丁寧に開ける。何かな。秋だしスイートポテトかな。最近りんごをよく見るからアップルパイだったりするのかな。
開いた箱を覗くと、中にはひとつだけ、果物のような形をしたケーキが入っていた。何のだろうって思ってみた瞬間、自分の中で何かが冷え始めた。
梨のケーキが入っていた。自分の姉は大好きで、自分は大っ嫌いな梨。
少しずつ温まった幸福があっという間に冷えきったのと同時に、お湯の沸く音がした。ポットを開けて、コップに注ぐ。中に紅茶のパックを入れて、少し待ってから取り出す。大好きな紅茶の温かい匂いが、部屋だけを満たした。
フォークを取り出し、ケーキに刺す。どうしてかなかなか切れない。そのせいで、ひどくぐちゃぐちゃになってしまった。一口大とか行儀悪いとか全部無視して口に運び、味わう前に紅茶で流し込んだ。機械的にそれを何度も繰り返す。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
やっと食べ終わったときには、甘ったるくて吐きそうになった。吐く代わりに、ためてた思いが溢れてきた。
本当は先月じゃなかった。先月大会あったのは姉で、姉の方はちゃんと優勝して。だけど自分のは先々月にあって、準グランプリで、親が大好きな一番じゃなくて。
本当は、今日お母さん来てくれてたってのを知って少し期待した。だって。だって、今日私の誕生日だったんだもん。ケーキって書かれたのを見て、さらに期待した。小さい頃よく作ってくれた私の大好きなスイートポテトかなって少し期待した。なのにこれは売ってるケーキで。私じゃなくて姉のためのケーキで。こんなんならもうせめて。
せめてりんごのケーキがよかったな。
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※かも肉本人は梨のケーキめっちゃ好きです。
10/1/2025, 11:03:03 AM