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お金より大切なもの


侍魂ってなんだろうなぁ。

ふと考え始めると止まらなくその答えを探して始まったはずの奉公は2年以上経っても答えが出ない。
そもそもこれって奉公って言えるのか?
苦虫を噛み潰した顔をしている自覚はある。なんせ給料をまともに貰った事がない。
いや、正確にはまだ社長業を受け継ぐ前の話だが。酒にパチンコに甘味にと自堕落すぎるかつての主人は、今は重責を降ろした事でさらに自由になっている。今頃何処かで何処かのグラサンと楽しくお馬を見に行っている事だろう。

経費計算をすれば赤字ギリギリの放物線を描き続ける経済状況で仕事も探さずのんべんだらりとするのは相変わらずでため息が溢れる。

ただ一つ昔と変わったのは心残りを手放したからだろうか、昔よりずっと明るくなった、そんな気がする。

記憶も疎な頃に逝った父の言葉を思い出す。
オセロの記憶くらいしかない父の、最後に遺した言葉を姉上と2人で必死になって縋りついていた頃、見つけた鈍く銀色に光る何かに見出したのは今思えば父が遺したカケラだったのかもしれない。

『たでーま。なんつー顔してんのよ社長』
のほほんとした顔をして戻ってきたかつての元社長は手に持った菓子の一つをデスクの端に置くとどかりと目の前のソファーに座り込む。

『赤字ギリギリなんすよ。』

半眼で置かれた菓子を力任せに開けて頬張ると甘味が脳を癒してくれる。嫌だな、僕まだ糖尿になりたくないんですけど。
言外にどっかの誰かが遊んでばっかりなんで、と込めてため息をつくと目の前の男はオイオイオイと逆にこちらに呆れたように声をかけた。

『お前ね、世の中金金金金って金ばっかりだと老けますよコノヤロー』
次々と菓子を口に頬張っていく姿にアンタ糖尿酷くなりますよ、と声をかけてからふと思った事を口にしてみる。

『お金ないと困るじゃないですか。それ以外に大事なものってあるんですか?』

ふとしたキッカケに過ぎなかった。
ただ、ずっと聞いてみたかった。目の前のこの男にとって大切なものがなんなのか。

『ハァ?!』
わかりやすく狼狽し始めた姿は出逢った頃には無い姿。昔はのらりくらりと両手から溢れる水のような男だった。今は、そう。ちゃんと手を握れるくらいの自信がある。僕たちはちゃんと家族だから。
『いや、金より大事なものなんてよぉ…』
モゴモゴと視線が忙しなく動く。 

出逢ったからいろいろあった。いろいろあり過ぎてたくさん変わってしまったものがある。
少なくとも目に見える範囲では。でも変わらないものがある。たとえば照れた時の反応とか。

『お前たち以外何があるってんだよ、俺に』
斜め下を向きながらズズズと勢いよくいちご牛乳を飲み干す姿とか。

さっきまで抱えていた赤字まっしぐらの経済状況への不満が笑いに変わる。そうですね、アンタ僕らのこと大好きですもんね。
ぼくらもずっと変わらなかった、変わろうとしても変われなかったものがある。

下を向いたつむじの中身はあいもかわらずなのに、そこに見たかつての鈍った銀色が少し輝いて見えたことに安堵した。

『明日もいいことあるといいですね』
『そうだな』

侍魂の答えはまだ見つからない。
見つからなくてもいいかもしれない。

いつか見つかるその日まで、
ずっとみんなで居られたら
多分きっと、それがいい。

3/8/2026, 11:01:45 PM