真岡 入雲

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「では、今回の打ち合わせはコレで終了という事で。後日議事録をお送りしますので、ご確認をお願いします」
「お疲れ様でした。これからお帰りですか?」
「はい、19時半頃の新幹線で」
「大変ですね。気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます。それでは、また」

月に1度、東京での会議。
新幹線で2時間以上かけて移動して、1時間もかからない会議に出席。
終わったらまた2時間以上かけて会社へ戻る。
連日の残業と、休日出勤。
仕事の効率をあげて、時間内に終わるよう頑張れば、その分だけ仕事が追加される。
何かトラブルが起きれば、帰宅は日を跨ぐことはざらで、独身者ともなれば、家庭のある社員よりも融通が効くため、出張の回数も多くなる。
今月の出張は既に4回、全て日帰り。
しかも、あと2回出張が予定されている、もちろん日帰りだ。
移動中も、当然仕事だ。
会議資料の作成、仕様書の確認、見積書の確認、スケジュール調整、報告書の作成などなど、ネットが繋がれば今はどこでも仕事が出来る。
つまり、どこにいても働くことを強要される。

「ふぅ…、あと5分、間に合ってよかった」

人身事故による電車の遅延。
ホームに溢れかえる人の群れと、運転再開直後にホームへ着いた車両の人熱れ。
何に掴まる必要も無いほどに込み合った車内は、異様なほど静かだった。
線路の上を走る車輪の音と、車内に流れる車掌の詫びの言葉。
誰が、こんな時間に、こんな場所で…と口に出すことを押し殺した負の感情が充満した世界。
チラチラと、出入口上部のモニターを確認して、新幹線の出発時刻に間に合うかどうか計算する。
間に合わなければ、1本後のは全席埋まっていて予約が取れなかったから、最終になってしまう。
そうなれば家に着くのは日を跨ぐし、明日も休日出勤だ、早く休みたい。
東京駅でドアが開くと同時に、混雑するホームへと滑り降りる。
歩き慣れてしまった通路を人を避けながら小走りに進んで新幹線の改札を通過し、ホームを目指す。
エスカレーターを上って、指定した席がある車両番号の看板を目指して歩いた。
どこからとも無く流れてくる、鼻をくすぐる肉の匂い。
焼肉だろうか…、1度匂いを認識すると、腹まで減ってくる始末。
今日は時間が無かったせいで、弁当を買えなかった。
せめて飲み物を、と、近くの自動販売機でペットボトルのお茶と缶コーヒーを買った。
新幹線は折り返しのための車内清掃中だが、それもじきに終わる。
ふと、缶コーヒーを手に取り顔をあげると、そこには無数の灯りがあった。
東京駅を囲み、見下ろすような高層ビルの群れ。
煌々とした電気の灯りが、本来暗いはずの夜を昼へと変えている。

「街のあかりが……キレイね…♪」

ついつい、口を出た古い歌。
懐かしの〜とか、そんなテレビ番組で耳にすることの多い歌。

「キレイ…ね…」

何故だろう、この灯りの下で数え切れないほどの人間が働いているのかと思うと、吐き気がした。
その仕事を楽しいと思いながら働いているのは、一体どれほどの割合なのだろうか。
かくいう私も、かつて楽しかった仕事が今では苦痛でしかない。

何故働いているのか?
働かなければお金が貰えない。
お金がなければ、生活できない。
家賃も払えない、水道だって、電気だって、ガス代だって、電話代だって、全てお金が必要だ。
それだけじゃない、保険も税金も、食べ物もお金がなきゃ買えない。
では、何故心を壊してまで働く必要がある?
それは……。

政府は70歳まで働けと言う。
人生100年時代、70まで働いても残り30年ある。

バカなのか?

その30年は確約されていない。
それならば、その30年を若い時に使わせてくれ。
生まれて50歳まで、自由に生きさせてくれ。
50を超えたら働くから、死ぬまで働いてやるから。

「街の明かりがキレイに思えない時点でアウトだよな」

金なんてどうにでもなる。
どうせ独り身独身貴族。
自分が生きていける分だけ稼げれば良い。

「よし、会社辞めるぞー!」

7/9/2024, 2:06:38 AM