ハイル

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【言葉にできない】

 換気のために開けられた窓の隙間から、暖かなそよ風が吹き込む。それは、窓際の席に座る彼女の繊細な髪をなびかせ、ヘアオイルだろうか、優しく甘い香りを私の鼻腔に行き届かせた。

「今日はお散歩日和だね」

 隣に座る私に向かって彼女が微笑む。
 その静かに囁くような声は、教室に充満した種々様々な談笑の中でも、私の耳にはより際立って聞こえる。
 なんの変哲もない日常的な会話だというのに、細められた目や頬に浮かんだえくぼ、彼女の静かで遠慮がちな笑い声が心をくすぐった。
 密かに芽生えた、決して表に出してはいけないはずの感情が、彼女と接するたびに膨らみ、自らを主張する。

『私、あなたのことが好き』

 何度、そう言えたら、と夢見たか。彼女と交際をする夢想を繰り広げたか。それが叶った人生が、どれほど鮮やかに晴れ渡った世界だったか。
 それでも、現実として進んでいるこの世界において、彼女への気持ちを言葉にすることはできないだろう。
 スカートの裾をきゅっと摘みながら、コップ一杯に満ちた気持ちに蓋をする。
 私は、拒絶に染まるあなたの顔など、望んでいないのだ。

4/12/2024, 2:25:36 AM