ナナシ

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花畑

 まるで、空の上にいるようだと思った。
「お前にも見せてやりたいなぁ」
 花を揺らす風に紛れて懐かしい声が聞こえた気がして辺りを見回せど、当然ながら姿はない。そもそもその姿すら曖昧な記憶の中に佇んでいるだけで、はっきりと思い出すのは彼が書いて寄越す手紙の几帳面な文字だった。
 空の上は、それはそれは綺麗な青色で。海の中にいるようでもあって不思議な心持ちになるのだと、それを私達にも見せてやりたいと、兄は何度も葉書に綴っていた。
「──どう? おばあちゃん」
「そうねぇ。とても綺麗だわ」
 隣に並ぶ孫が教えてくれたネモフィラ畑は。見渡す限りを青に塗られた世界は。どうしてだか歪んで見えた。

9/17/2023, 2:55:49 PM