谷間のクマ

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《もしも過去へと行けるなら》

「そうだ春輝、ちょっといいか?」
 夏休みも目前に迫った7月下旬。俺(齋藤春輝)が自宅で郵便物を選り分けていると、双子の弟の蒼戒が夕飯を作りながら声をかけてきた。
「? どしたの蒼戒」
 蒼戒の方から声をかけてくることは正直あまりないので不思議に思って返すと、「別に大したことじゃないんだが」と蒼戒はためらいがちに口を開く。
「今日の国語で作文の課題が出ただろう。あれのお題、何だった?」
「あ、そっか今回もくじ引きで決めたから全員違うんだっけ」
「ああ」
「えーっと俺はー……、なんだったかな」
「おい」
「いやいやいやいや別にやらないつもりとかじゃないから! 単純にド忘れしただけだから!」
「いや論点そこじゃなくてだな……」
「とすると、お前また厄介なヤツ引き当てたわけ?」
「御名答……」
「え、何当てたの?」
「《もしも過去へと行けるなら》」
「……まーた厄介なの引き当てたねぇ……」
「だよな……」
「むしろ引が強いというかなんと言うか」
 春に似たような課題が出た時、蒼戒は《もう二度と》と言うお題を引き当てていて、その時も何を書くか迷っていたっけ。ちなみに俺はその時《謎》で心霊現象について書いたんだよな……。
「うるさい。ただ本当に何書こうかと思って……」
「《もしも過去へと行けるなら》、ねぇ……」
 本当に過去へと行けるなら、やりたいこと、するべきことはたくさんあるだろう。それこそ、姉さんが死ぬような未来が訪れないように、できることが。
「うーーん、こりゃ難しいねぇ……。嘘書くわけにもいかねーし」
「そこなんだよな……」
「ま、本気で書いたら辛いのが目に見えてるくせにマジでやることないと思うけど」
「それはそうだな……」
「んじゃあそれこそ『あの時』まで戻るんじゃなくて昨日やり忘れたこととかでいーんじゃね?」
「それだ! それでいこう」
「解決した?」
「ああ。ありがとう春輝」
「いーってことよ。んじゃま今度数学の問題教えてよ」
「ああ」
 というわけで蒼戒の悩みはなんとか解決したようで、その日の夕飯はやたら豪華だった。
(おわり)

一応かなり前の《もう二度と》シリーズの続きになってます!

2025.7.24 《もしも過去へと行けるなら》

7/25/2025, 9:57:10 AM