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『哀愁を誘う』

『巨匠と呼ばれるK監督のとある作品は実に良かった。
 自分の余命を知った男がブランコに乗りながら小さく歌を口ずさむシーンほど、哀愁を誘うものを観たことがない』

ワイヤレスイヤホンから、そんな声がする。

『実際に見てみたくなるくらいには感動したんだ』

ふざけるな、そう叫びたい。
しかし、そんなことをしては命がなくなる。

どうしてこんなことになったのだろう。
昼休みに、近くの公園でブランコに乗っただけなのに。

ブランコに腰掛けた瞬間になんとも言えない違和感があった。
板の裏側になにか重たいものが取り付けてあるのを感じた。

すると電話がかかってきたのだ。
そして今に至る。

『君にも歌ってもらおうかな。ああそれと、くれぐれもそのブランコから降りないように。負荷が無くなった瞬間に爆発するからね』

逆らうこともできず、小声で歌を口ずさむ。

今の自分は、哀愁を誘うどころか、悲愴感にまみれているだろうと思いながら。

11/5/2024, 3:45:49 AM