人間は皆、広いようで狭いこの世界の歯車のひとつでしかないのだと知った。あんなに無下にしていた存在にすら、ひとたび呑まれてしまえば何の抵抗もなく事切れてしまう、小さくてか弱い歯車のひとつ。
(ああ、それでも……)
貴方にはいつまでも私を憶えていて欲しい。名前を、声を、言葉のすべてを忘れないで、心の隅でもいいから貴方の中のどこかで平穏に過ごしたい。唯そう願っていた。
だけど、記憶というものはひどく無情で。決して忘れないと誓ってくれた貴方も次第に私を忘れていく。声から始まり、表情、手癖口癖、好み──今では名前もうすらぼんやりとしている頃だと思う。
毎年、勿忘草の花を持って墓参りに来ることですらも、いつかは忘れてしまうでしょう。
それは……きっと、寂しいだろうなぁ。
未だ貴方の記憶のどこかに私が居るなら、どうか今すぐ勿忘草を一本だけ持ってお墓に来て。そして私にサヨナラを言わせて頂戴な。
▶勿忘草 #59
2/2/2024, 1:56:31 PM