そっと
私は大雑把というか、がさつな人間なので、そっと何かをすることは出来ない。いつもバタバタしている。おまけにそそっかしいときては、もうどうしようもない。
そんな私が小学生の頃、居間でごろ寝する母の肩をほぼ毎日揉まなければならなかった。母は無類の肩こり症で、週に一度はマッサージ師を呼んでいたが、それだけでは足りなくて、私にも肩を揉ませるのだった。
ひどい肩こりだからと、かなりの力を入れないと気がすまない人だった。おかげで、小学生の小さな手でも鍛えられてうまくなったし、ツボも分かるようになった。
で、揉まれながら母が眠ってしまう。私は、そっと手を離して自由になろうとする。すると母から「まだだよ」と、鋭く声が掛かる。仕方なく私は肩もみに戻る。しばらくして、また母が眠ってしまう。軽くイビキをかいている。私はそっと離れようとするが、また戻されるという攻防戦だった。
今思えば、小学生に1時間以上も全力で肩を揉ませるなんて、虐待に近いことだが、逆らうと怖い母だったからしょうがなかった。おかげで成長した私も肩こりだが、子どもに揉んでもらうことは無い。ああなりたくないからだ。
母は、低周波治療器やマッサージ器、ぶら下がり健康機、ツボ押しと、次から次へと買っていた。これで、私が揉まなくてもよくなったかな、と思うと「結局、あんたに揉んで貰うのが1番気持ちいい」と1週間もしないうちに、また私が揉まされる。そのたびにガッカリして、「だったらいろいろ買わなきゃ良いのに」と内心思ったが、そんな事を言ったら母の目が釣り上がるのでなんにも言えなかった。
私がそっと何かをしたのはあの時ぐらいだ。それはもう細心の注意を払って、母の肩から離れようとしていた。でも、いかにそっとしても、すぐ呼び戻されてしまうのだった。
それは、中学生になっても高校生になっても続けられた。だんだんそっと離れるのはやめて、適当に力を抜くようになった。
1/15/2025, 3:57:12 AM