夜の祝福あれ

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紅葉の約束

風が冷たくなり始めた十月の終わり、由梨は久しぶりに故郷の山道を歩いていた。
赤や橙に染まった木々が、まるで空に向かって燃え上がる炎のように揺れている。

「今年も綺麗だね」
隣で歩く祖母が、ゆっくりとした足取りで言った。

由梨がこの道を歩くのは、五年ぶりだった。東京での仕事に追われ、季節の移ろいを感じる余裕もなかった。祖母が体調を崩したと聞き、急遽帰省したのだ。

「昔、ここで約束したの覚えてる?」
祖母が立ち止まり、一本の紅葉を見上げた。

由梨は記憶をたどる。小学生の頃、祖母とこの道を歩いたときのこと。
「大人になっても、秋になったら一緒に紅葉を見ようね」
あのときの約束。

「覚えてるよ。忘れるわけない」
由梨は微笑んだ。

祖母は目を細めて、紅葉の葉が舞い落ちるのを見つめた。
「秋はね、終わりじゃなくて始まりなのよ。葉が落ちて、土に還って、また春に芽吹く。人生もそう。終わりのように見えて、次の季節が待ってるの」

由梨はその言葉を胸に刻んだ。

二人はしばらく黙って歩いた。風が吹くたび、葉が舞い、空が染まる。
秋色の中で、由梨は初めて「帰ってきた」と感じた。

そして心に誓った。
来年も、再来年も、この道を祖母と歩こう。
紅葉の約束を、ずっと守り続けよう。

お題♯秋色

9/19/2025, 11:39:59 AM