〈閉ざされた日記〉
今年いっぱいでサービス終了──そんな知らせがタイムラインに流れてきたとき、私は思わず息を呑んだ。
二十四年前に始まったレンタルのWeb日記サービス。ブログさえまだ一般的ではなかった頃、手軽に更新できるからと、自分のホームページとは別に使っていた。
高校生の頃は必死にHTMLを打ち込んでサイトを作っていたけれど、その日記サービスは気楽で、毎日の些細なことを綴るのにちょうどよかった。
《こなみ》と出会ったのも、あの場所だった。
同じ趣味を持つ同年代。彼女はポップでかわいいイラストを描いて載せていた。
私のペンネームは《ありえ》。今でもSNSで細々とイラストを上げているけれど、当時の私は拙い絵しか描けず、彼女の絵に憧れていた。
一度だけ、会ったことがある。
イベントで思い切って上京したとき、短い時間だったけれどファミレスで話した。スケッチブックにお互いの絵を描いて交換した、あの時の声のトーンは今も覚えている。
「ありちゃんの色使い、かわいくて好きだよ」
──それから二年後、彼女は病気で亡くなった。
二十年前のことだ。
闘病中も、彼女は時折日記を更新していた。入院中の窓から見える空のこと、病室で描いた小さな落書き。弱音もあったけれど、それでも前を向こうとする強さがあった。
最後の更新は、亡くなる一か月前。「もっと描きたい」という一言。
その後、ご両親が日記で訃報を知らせていた。
画面の前で、どれだけ泣いたか分からない。
コメント欄には多くの言葉が並んでいたけれど、私は何も書けなかった。失った悲しみを思うと、どんな言葉も軽く感じてしまったからだ。
それでも彼女の日記は削除されず、ずっとそこにあった。時々思い出しては訪れていたけれど、いつの間にか足が遠のいていた。
久しぶりに開いた彼女の日記は、一週間前に更新されていた。
『サービス終了するそうですね』
彼女の兄が書いたものだった。ログはHTMLで保存できるので、別の場所で公開する予定だという。
震える指でコメント欄を開く。二十年間書けなかったけれど、今なら書ける気がした。
『《ありえ》と申します。こなみちゃんとは一度だけお会いしたことがあります。
彼女が描いてくれたイラストや手紙が、今も手元に残っています。
もしよろしければ、データにしてお渡しできます』
返事は翌日届いた。
『妹のことを覚えていてくださって、ありがとうございます。ぜひ使わせてください』
続く文章には、こうあった。
『正直に言うと、両親も私も妹の絵を見ることができませんでした。辛すぎて。
でも私の娘が中学生になり、偶然その絵を見つけたんです。「この絵、かわいい」と。
それをきっかけに娘は絵を描き始め、今では美大を目指しています。
妹は、確かに生き続けています』
胸が熱くなった。
私は大切に保管していたスケッチブックや手紙をスキャンし、覚えている限りの思い出を添えて送った。
そして今日、彼女の日記は新しい場所で公開された。
私はSNSにこう書いた。
『二十年前に亡くなった友人がいます。
彼女の日記が、新しい場所で生き続けることになりました』
数日後、見知らぬアカウントからメッセージが届いた。
『こなみさんの絵に憧れて、私、絵を描き始めたんです』
二十代前半の女性らしい。彼女の絵は、こなみちゃんとは違うけれど、どこか通じるものがあった。
誰かの心を動かし、知らない人生に影響を与えていた。
閉ざされるはずだった日記は、形を変えて、確かに続いていた。
私はスケッチブックを開く。
今日は、久しぶりに時間をかけて描こうと思う。
サービスは終わる。でも、あの場所で生まれた想いまで消えるわけじゃない。
閉ざされた日記は、新しい誰かが踏み出すための、小さな門になったのだ。
彼女なら、きっと言ってくれる。
「ありちゃんの色使い、かわいくて好きだよ」
その声を胸に、私はペンを走らせた。
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古のオタクはhtmlコードを自分で書いたんじゃ……
あちこちWebサービス終了の流れもそうなんですが、えっ使ってたのってそんなに前なの???と思ったりします……
1/19/2026, 8:26:13 AM