「離れ離れ、派慣れ場慣れ、葉なれ馬なれ……」
ひらがなのお題だから、漢字変換で面白いのを書けると思ったが、まぁ無理よな。
某所在住物書きは「はなればなれ」の変換候補を列挙しながら、変わり種の作りづらさを痛感していた。
エモネタは不得意。捻った物語も納得いく物語がなかなか組めない。となれば王道、セオリー通りを一度書いてみるのがよろしい。
なのにその「セオリー通り」より変化球ネタを書きたいのは、実力と理想の「はなればなれ」と形容できぬだろうか。
「はな、花……」
ダメだ。眠気で意識と身体がはなればなれになっちまってる。物書きは大きなあくびひとつ吐き……
――――――
私の職場に、最近まで「生活感の薄い部屋」のイメージそのものな部屋に住んでた先輩がいる。
最低限の家具、最小限の家電、漫画もゲームも無い。
ドラマとかで観る、「頭良くて世俗から離れてる現代キャラって、だいたいこんな部屋に住んでるよね」って部屋に、ちょっとだけ似てた。
先輩の生活感の薄さには、理由があった。
先輩は、独占欲と執着の強い解釈押し付け厨と恋仲になっちゃって、それが原因で傷ついて縁切って、区を越え職も変えて逃げてきた過去があって。
そのひとに、いつ現住所がバレても、すぐアパート引き払えるように、すぐその場から逃げられるように。
それが、最低限最小限な先輩の部屋の、理由だった。
先日めでたく先輩の恋愛トラブルが解決しまして。
「生活感の薄い部屋」に、あたたかい生活感が、やっと戻ってまいりました。
「先輩の部屋に、クッションがある!」
「そうだな」
「冷蔵庫がポータブル保冷温庫じゃない!ちゃんと、少しデカい冷蔵庫になってる!」
「そうだな」
「先輩が、人間になった……!」
「おまえ私を今まで何と定義していたんだ」
かわいい着物の服着た店員さんがいる、都内の「猫又の雑貨屋さん」ってお店で、グッドタイミングで新生活セットのシーズン外割引きをしておりまして、
家具の運搬と設置もしてくれるって言うから、そこで先輩の好みに合うやつを、厳選して、セット価格で安くしてもらって。
「設置が終わったから見に来るか」って、
DM貰う前に、私から、生まれ変わった先輩の部屋を見学しに行ってみた。
長年ずっと、先輩の部屋にはお邪魔してきたけど、
最低限以外、最小限以上、コーヒーミルとか家庭菜園用の小さな底面給水プランターとか、
「それ無くても生活できるでしょ」が有る今の先輩の部屋は、すごく新鮮だった。
「生活感無い人外の部屋に、毎度毎度お招きして、悪ぅございましたな」
なんだ「人間になった」って。
あきれたように、大きな大きなため息を吐いて、新しい耐熱ガラスのティーポットで、先輩が紅茶を淹れてくれた。
「コンコン、ニンゲン様、粗茶のご用意ができるまで、背徳お菓子などいかがですか」
低糖質のオーツブランクッキーに、低糖質のホイップを絞って、その上に低糖質のキューブチョコ。それから塩味にポテチなんか添えた小皿を貰ったけど、
私の目は、ガラスのティーポットから離れなかった。
紅茶の茶葉が、ポットの中の熱湯で巻き上げられて、
はなればなれになって、落ちて、また上がる。
お湯の色が段々濃くなって、狐色は琥珀になった。
「なんか、今までの先輩みたい」
惚れられて、縁切って逃げて、追っかけられてくっついて、先日もう一度縁切って、やっと離れて。
目の前の茶葉に似てる気がして、ぽつり呟いたら、
「紅茶がか?それともクッキーが?」
ティーポットを右手で持った先輩が、それを頭より少し上のあたりまで上げて、
3分を計ってた砂時計の砂が落ちきった直後、
タパパトポポトポポ、耐熱ガラスのカップに、そこそこの落差で、光る琥珀を注ぎ入れた。
11/16/2023, 3:02:27 PM