【まだ知らない世界】
私はかつてとある世界を滅ぼし掛けた魔王だったらしい。勇者に倒された後、神々に回収されて、記憶を消された。
今は自分が『勇者』をしている。何度となく転生や転移をさせられて、あちらこちらの世界を助けては、世界の狭間に戻されて、また転生させられる。神々に良いようにこき使われているのだ。
女神のひと柱が言う。
「流石に魔王だっただけあって丈夫ね」
別の女神がクスクスと笑う。
「負の感情もしっかり浄化されているから、従順で良いわ」
「次はあの人間が滅び掛けている世界ね」
「ああ……それならこの子を人間じゃない種族に変えた方が良いかしら」
「そうねぇ。氷竜なんてどうかしら」
「いいわね。可愛らしいわ」
私は竜にされたり、エルフにされたり、人間にされたり、魔族に戻されたり、神々から与えられる姿はコロコロと変わった。そのたびに使える力も変わり、体の動かし方も変わった。
とはいえ、これはひとつの世界を滅ぼし掛けた私に対する罰だと……いや、もうそれ以上に働いてないかな、私は。まあ、逆らうのも面倒だ。好きにしてくれ。
「次に行ってもらうのは世界樹が暴走して植物が支配しつつある世界よ」
「人間が住める土地を取り戻してちょうだい」
焼き払えということなのか、新しい体は炎を操る力を持っていた。
私は必死に働いた。滅び掛けた世界のバランスを取り戻し、存続させるのが私の役目だ。
世界によっては『幸せだ』と思える時間を過ごせた。でも、同じくらいの頻度で『最悪だ』と思うような目にも遭った。
どの世界にも現地の住人たちが居て、交友関係ができて、楽しかったり腹立たしかったり、忌々しかったりした。
流石に私も少しは弱く短命な生き物たちのことを理解できたような気がする。けれど、私が特定の相手のことを特別大事に思っているとわかると、神々が記憶を消そうとしてくる。
おそらく、私がまた魔王になることを警戒しているのだろう。誰かのためにという思いも行き過ぎれば毒になるのかもしれない。
記憶を消されるのは気分が悪い。だから私はいつからか、神々にはあまり自分の感情を打ち明けなくなった。
一体どれだけの世界を助けただろう。突然、私の前に見慣れない神が現れた。いつもの女神たちがいない。
見慣れない神が言った。
「よく頑張ったね。君は沢山の世界を救い、思いやりを知り、暴走せずにここまできた。そろそろ君自身が神を名乗っても良いと思う」
神……私が神になるのか?
「しばらくは私の補佐を頼む。ちょうど新しい世界を作ろうとしているんだ」
見慣れない神が私に力をくれた。世界の狭間から自由に出られる力を。女神や他の神々に抵抗できる力を。
「君は沢山の世界を見てきただろう。次はどんな世界が良いと思う?」
私が世界を作る手伝いをするのか。せっかく作るのなら永く続く世界になると良い。やはり人間に相当する種族は必要だろう。沢山の獣や植物も。ああ、その前に土と水、それに光か。
「さあ新しい世界を創ろう。君も見たことのない、まだ知らない世界を……邪神になんてならないでおくれよ?」
5/17/2025, 11:05:39 AM